「雨宿り」

 

 福原の戦を終え、怨霊を増やす企みを止めるため倶利伽羅へ向かうと神子が決めた夜。

 降りしきる雨の中、陣から離れた森で神子が一人佇んでいた。ここからでは、小さな後ろ姿しか見えない。

 だが、雨に打たれて――泣いているように私の目に映ったからだろう。

 その儚げな背に、声を掛けずにはいられなかった。

 「神子」

 ゆっくりと、神子がこちらを振り向く。

 「あつ、もり、さん……?」

 掠れた、雨音に溶けてしまいそうな声。

 「雨の当たらぬ所へ入ろう。私は風邪をひく事はないが、あなたが一人で悲しむのを見たくはないんだ。
……わがままかもしれないが」

 ヒノエなら、もっと気の利いた言葉を思いつくだろう。言葉が足りない自分に、もどかしさを感じた。

 わずかに顔を上げ、無言で神子は頷いた。

 

 木陰で雨をしのぐ。神子は何も言わずうつむいたままだ。雨音と風が葉を揺らす音しか聞こえない。

 先程のあなたの様子が気に掛かる。何か私に出来る事があればよいが。

 「神子、何かあったのか? その、私でよければ……」

 ――話してくれ。言い終える間もなく、神子はかぶりを振った。

 「何でもないですよ。気にしないで下さい」

 寂しげに目を伏せる。違う、そんなはずはない。

 神子は怨霊の――おそらく、私も含めた――気持ちを知りたいと言った。

 

 “迷惑なんかじゃありません。敦盛さんの綺麗な笛、優しくて好きです。
それに私、怨霊でもあなたの心は穢れてないって思ってる。だから、そんな風に言わないで”

 

 戦の前に秘密を明かした時、あなたが掛けてくれた言葉が脳裏に浮かぶ。

 神子は優しすぎるから、自身の悲しみさえも心に封じてしまう。

 (人ならぬ身で、何が出来るのだ?)

 

 手を伸ばして、頬に触れる。驚いたように、神子は目を見開いた。

 触れてはいけないと言ったのは私。けれど――。

 「神子……痛みで苦しむのは私だけでいい。だからあなたは……泣いてもいいんだ」

 目元の小さな涙を指で拭う。穢してしまわぬように、そっと。

 「敦盛、さん……」

 掌を、熱い雫が濡らした。波立つ水面の如く、揺れる瞳からとめどなく流れ落ちてゆく。

 羽織っていた赤朽葉の衣を神子に掛け、小刻みに震える肩を抱き寄せる。

 雨で熱を失っても、胸を濡らす涙は温かかった。

 「すまない……神子」

 慰める言葉が思いつかずに、触れてしまって。

 「何で、謝るんですか?」

 震える声音で、神子が問うた。

 「あったかいです……だから、ありがと……」

 紡がれたかすかな声が、優しく胸に満ちてゆく。

 

 ――私でも、あなたの悲しみを癒せたならば。

 ほんの少し、腕に力を込める。

 蘇った事にも、意味があるかもしれない。


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