「Sweet Chocolate」



 鎌倉の龍脈の乱れが収まってから、二ヶ月余りが過ぎた。

 有川家の屋根に上がり、敦盛は空を眺めていた。

 雲一つない青空から射す暖かな陽の光。肌寒さはなく、心地よい風が吹き抜ける。

 「敦盛さん」

 鈴を鳴らしたかのような、澄んだ声が響いた。

 視線を庭へと落とすと、望美が立ってこちらを見上げている。

 「望美、すまない。今降りる」

 軽やかな身のこなしで望美の目の前へと着地した。

 「何かあったのか?」

 「これを、敦盛さんに渡したくて」

 望美が鞄から取り出したのは、小さな包みだった。

 桜色の包装紙でラッピングが施され、隅には緑色のリボンがあしらわれている。

 受け取って、包装紙を外す。



 箱の中身は、敦盛も見覚えがあった。

 「『ちょこれーと』か」

 確か、『けえき』に付いていた菓子だったか。これは丸く、十六粒あるが。

 「なぜ、私にこれを?」

 彼女からもらった事は嬉しい。だが、この世界で祝う自分が生まれた日はまだ先だ。贈られる理由
に心当たりがない。

 「今日はバレンタインデーですから」

 「ばれんたいん……でー?」

 きょとんとした面持ちで反すうすると、望美は照れたように顔を赤く染めて、かすかな声で言った。

 「好きな人に、贈り物をする日です」

 好き――その甘い響きに、耳まで熱くなるのが自分でもわかった。

 「す、すまない。そのような日があるのだな……」



 敦盛はチョコレートを一粒つまむと、口に運んだ。

 なめらかに溶け、それでいて甘すぎない。

 「よい味だな」

 「はい、食べてもらえて嬉しいです」

 はにかんだように望美は答えた。

 「お返しは……いりませんからね」

 「望美?」

 「な、何でもないです」

 あわてたように手を振る彼女の仕草に、敦盛は微笑んだ。彼女がくれた想いだけで、理由は十分
だったから。

 彼女の耳へと、唇を近付けて。

 ――ありがとう。

 そっと、敦盛はささやいた。


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