「淡雪の花」



 薄い灰色の空から、舞い落ちる雪。

 草木や地面も、まるでうっすらと白粉を塗ったかのように染まっている。

 障子を開けた自分の部屋で、敦盛は雪景色を眺めていた。

 すっと立ち上がり、縁側に座っていた望美の隣に腰を下ろす。

 「敦盛さん……?」

 「その……こうしていた方が、独りよりもよいと思って」

 望美は、はにかむようにくすりと微笑んだ。

 「そうですね」

 肩が触れる程の距離。敦盛は望美の肩に手を伸ばし、そっと自分の方へ引き寄せた。

 肩にかかる心地よい重み。望美の髪をゆっくりと撫でる。



 不思議だ。かつて触れないでくれと言ったのは、他ならぬ自分なのに。

 かまわないでいてくれる方がよかったはずだった。それならば、怨霊の発作で望美を
傷付けてしまう事はないのだから。

 そう思っていた、はずだったけれど。

 ――あなたの温もりが、優しいからなのだろうか。愛しさを覚える程に。

 それは自分の転じた姿を知っても変わらなかった。浄化の力を振るわなくても、何も――



 「敦盛さん……」

 ふと、望美の穏やかな声がした。

 「雪が溶けたら、春になりますね」

 「そうだな」

 敦盛が左手を雪空へ差し伸べる。手の平に、花びらのような雪がこぼれ落ちた。

 ひやりとした冷たい感触。すぐにそれは溶けていった。

 見つめる手の平に、八葉の証たる宝玉はもうない。

 穢れの竜巻に入り、黒龍の逆鱗を割った後に消えてしまっていた。



 手の平を強く握り締める。

 「望美、私は今も……恐れる事がある」

 「恐れる?」

 望美のこちらをのぞき込む眼差しに、かすかにうつむいてしまう。

 一瞬の沈黙の後、敦盛は告げた。

 「またあなたを、傷付けてしまうのではないだろうかと」

 望美とめぐり逢えた後、正気を失う程の発作は起きていない。

 けれど、望美を傷付けてしまった時の記憶が頭から離れずにいた。もう望美を失いたく
ないと、願っていても。

 握り締めた手が、かすかに震えている。押さえ付けるように力を込めても、震えは
治まらなかった。

 「今が幸せすぎるから……私は、そう思うのかもしれない」



 爪の跡が付き、うっすらと赤く腫れた手。

 望美は包み込むように、両手を重ねた。

 「望美……?」

 「大丈夫です。敦盛さんは優しくて強い人だって信じてますから。ちゃんと自分で
元に戻れるって」

 それに、と望美が言葉を紡ぐ。

 「もし同じ事があっても、敦盛さんが元に戻るまでずっと呼び続けます。あの鈴も、
鳴らしてみますから。それなら、私に出来ると思います」

 腫れた手を撫でる望美の手は冷たかったが、その言葉はじわりと温かく、心に満ちてゆく。

 敦盛は、うつむいていた顔をあげた。

 凍て付いた空気をはらむ風が吹き抜ける。

 「だから、大丈夫ですよ。きっと」

 白い花が舞い散るかのような雪風の中、望美はふわりと微笑んだ。その姿は、穢れなき
雪のように美しい。

 「望美、ありがとう。私は、この穢れた身に立ち向かえる」

 もう八葉でなくとも――あなたを守りたいから。

 白い吐息が重なる程に顔を近付けると、敦盛は望美の唇に、自分の唇を重ねた。

 柔らかな、温もり。

 雪が溶ければ春になる。けれど、今はこのまま触れていたい。

 その口付けは、淡く溶けていった。


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