「桜の下、想い重ねて」



 天から暖かな陽光が降り注ぐ、穏やかな春。

 敦盛は望美と共に桜を見る為、庵の外へ出た。表の引戸を望美が閉める。

 「これでよし、と」

 一息つくと、望美は気持ちよさそうに伸びをした。その仕草は、猫のように愛らしく見える。

 「では行こう、望美」

 敦盛はゆっくりと歩き出した。望美ものんびりとした足取りで続く。



 庵から目と鼻の先にある野原。瑞々しい草が一面に茂り、紫や黄色、白といった数多の色の花に
彩られている。里の中でも、ここはひっそりとしていた。

 野原の中央。真っ青な空を背に、まるで雲を突くかのように、大きな桜の木がそびえ立っていた。
二人の背丈の倍はあるだろう。枝ぶりも華やかで、薄紅色の霞を思わせる。

 二人は太い幹の下に立ち、それを見上げた。

 「近くで見ても、やっぱり綺麗ですね」

 望美が感嘆の声をあげた。

 「そうだな。これ程の桜を見るのは久しい」

 敦盛は微笑んで答えた。

 生い茂る草の上へ二人は並んで腰を下ろし、幹にもたれた。

 風が葉を揺らす音。どこか遠くから、うぐいすのさえずりが聞こえてくる。

 隣で、望美が草の上に仰向けに寝転がった。

 敦盛は顔を近付けると望美の唇に、自分の唇を押し当てた。

 触れた感覚は一瞬。そっと、唇を遠ざける。

 「敦盛……さん?」

 頬を朱に染めながら、望美は不思議そうに問い掛けた。

 「かつて私がいた塔の上の牢からは……桜は遠かった。あなたと共に見る事が出来て、嬉しいんだ」

 「牢、ですか?」

 仰向けのまま、望美がこちらを見つめてくる。息が触れるほどに近い距離。

 「鎖で身を戒めてから、三草山であなたと出逢うまで……私は牢にいた。人を傷付けぬように」

 望美には、怨霊の自分が重ねた罪を話した事があった。真剣に自分を見つめる表情に、驚きや戸惑いはない。



 「寂しくなかったんですか」

 その言葉に、胸が痛んだ。望美の頬に、そっと触れる。

 ――すまない。気遣わせてしまって。

 「将臣殿や兄上は時折来て下さっていたが、一人で過ごす事の方が多かった」

 あの時は罪を重ねずに済む方法が他に思い付かなかったから、望んで牢に入った。けれど――

 「寂しくなかったと言ったならば、嘘になるかもしれない」

 牢からは外を見渡す事が出来、暖かな陽射しや風も感じられた。けれど牢の先にある世界は、格子越しにしか
触れる事が出来ない。それと人を傷付けぬ事とは、両方同時には得られなかったから。

 「だが……あなたに逢えたのは、幸いだ」

 望美の髪を手で梳きながら、敦盛はささやいた。

 ――望美は言ってくれた。側にいてもよいのだと。

 失った、遠いものだと思っていた場所を与えてくれた。怨霊の身では、望む事が出来ないと思っていたものを。

 「望美の側は、温かいから」

 穏やかな触れ方で、互いの唇を重ねる。

 「敦盛さん……」

 口付けの後に身を起こした望美が、優しい目で自分を見つめていた。

 「私も、敦盛さんに逢えて嬉しい。いてくれて、ありがとうございます」

 その言葉は、波紋のように幾重にも心に響く。耳たぶへ唇を押し当て、敦盛はささやいた。

 「人の身の永遠でなくとも……側にいたいんだ」

 望美の背中に手を回し、そっと抱きしめた。


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