「痛みと安らぎと」



 夢の中、私は牢にいた。

 そこは望美と出逢う前、怨霊の性で人を傷付けぬためにいた部屋だ。

 広い造りに、丈夫な木格子の窓と扉。扉には鉄で出来た錠前がはめ込まれている。調度品の類も、
ここを出た時と変わっていなかった。

 誰も、訪れる者はいない。自分の存在すらもかき消されそうな静寂。

 発作を起こした時のような、血の渇きは感じない。ただ、格子越しに照り付ける陽が暖かかった。

 格子のはめられた窓に触れ、外の景色を眺める。牢からは、福原の御所を見下ろすことが出来た。



 「……?」

 格子越しに、ふわりと宙に漂った格好で、望美が微笑んでいた。両手を触れている私と重なる程、
すぐ近くで。

 まるで霞のように、姿はおぼろげだった。だがその微笑みは陽に照らされて、眩しいほどに輝いている。

 夢だということは、わかっていた。

 指先を格子の隙間に通して、望美の指に触れる。不思議と、温もりが伝わって来た。

 夢でも、側にいてくれるのか。私は、それだけで――

 口付けを交わせる程まで、互いに唇を寄せていた。格子で隔てられて、それが叶わなくとも。

 「敦盛さん……」

 桜色の唇がかすかに動き、言葉を紡いだ――



 目が覚めると、そこは望美の部屋だった。

 「望美……?」

 傍らの褥で、望美は眠っていた。ふと、自分が望美の手を握りしめていた事に気付く。

 ……そうか。昨夜、望美が眠るまで側にいるうちに、私も眠ってしまったようだ。

 夜が明け、鳥のさえずりが聞こえる。おそらくは辰の刻を過ぎた頃だろう。

 幸せな夢だった。怨霊の姿に転じる、悪夢のような感覚よりも、ずっと。



 “怨霊となって以来、日々自分の人格が失われていく”

 “血を、苦しみを、願うようになったのがわかる”

 屋島で、兄上はそう仰っていた。だが私は、望美とめぐり逢った後、正気を失う程の発作は
起きていない。

 血が疼く渇きが満たされているのは、きっと――

 望美が、愛しいから。この穢れた身でも側にいたいと、希う程に。

 ただ、こうして手を握りしめているだけで、優しい温もりに満たされる。



 握りしめた望美の手を押し頂くようにして、そっと口付けを落とす。

 「……り、さん……」

 心地よさそうにまどろむ望美の唇が、かすかに動いた。

 「敦盛さん……好き……」

 胸の鼓動が、痛みに変わった。発作ではない、優しい痛み。

 これは、救いだ。浄化の力を振るわなくても、望美が与えてくれた――

 先程見た夢のように、顔を近付ける。穏やかな寝息が、頬に触れた。

 桜色の唇に、自分の唇を重ねた。願わくば望美の夢へ、想いが伝わるようにと。

 ――とても、温かい。

 「ん……」

 望美がうっすらと目を開ける。そっと、唇を遠ざけた。

 「もう、朝ですか」

 「まだ辰の刻だ、もう少し眠っているといい。私はここにいるから」

 頬を朱に染めながら、望美は頷いた。

 「誕生日、おめでとうございます」

 望美のいた世界では、生まれた日を祝うのだと聞いていた。

 「ああ、ありがとう。望美」

 微笑むように眠りに付く望美。その唇に、口付けを落とした。

 私の幸せを願って下さった、兄上の言葉を思い出す。この身が、生き人とは違っても。

 ――兄上、私は幸せです。

 望美の手を握りしめ、目を閉じた。


 Back  Next  Home

inserted by FC2 system