「朔月、心満ちて」

 

 夜も更けた静けさの中、朔は目を覚ました。

 褥から身を起こし、傍らで眠る幼い黒龍に優しげなまなざしを向ける。

 安らかな寝顔で、自分の右手に小さな両手を重ねる姿。 

 ――昔と、変わらないわね。

 懐かしい温かさが、胸に満ちる。

 かつては青年の姿であった彼と同じ褥で眠った時も、こうして側にいてくれた。

 新たに生じても、不器用な優しさは共に過ごした時と同じだ。

 障子から射し込む淡い月明かりが、二人を包むように優しく照らす。

 満ちてゆく。月も、自分も。

 月明かりが射す方向に視線を向け、朔は胸に左手を押し当てた。

 今頃対である望美も、遠い世界で同じ月を見ているのだろうか。

 祈るように、そっと目を閉じる。

 つっと、夜着の袖を引かれる感触。

 「神子、どうしたんだ」

 その声で目を開けると、目覚めた黒龍が不思議そうに自分を見つめていた。

 「私の対と黒龍、あなたの事を考えてた」

 ゆっくりと、教え聞かせるように言葉を継ぐ。

 「あの子とあなたが諦めない強さをくれたから、私はここにいる。そう思ったの」

 

 悲しみを受け止め、望美と共に繋いだ絆。

 青年の姿であった黒龍も、逆鱗へ戻る前に伝えていた。神子――自分を忘れないと。

 その想いは、けして失われる事はなかったのだから。

 

 黒龍は、小さく首を横に振って応えた。

 「だが、強いのは私ではなく、あなただろう」

 「えっ?」

 驚いたように目を見開く朔。

 「そう言っている。あなたの願いが逆鱗に届いたから、私は……」

 ぎゅっと、黒龍が朔を抱きしめた。かすかに頬を朱に染めて。

 「人の言葉でうまく伝えられない。けれど神子は、私の神子だ」

 不器用な言葉に、ふっと口元が和らいでしまう。

 「そうよね」

 濡れ羽色の髪を、手で優しく撫でる。

 「神子のような、大きな姿になりたい」

 頬を膨らませ、黒龍が呟いた。

 「どうして?」

 「私は子供ではない」

 彼の目線に顔を合わせて微笑みながら、背中に回した手に優しく力を込める。

 「でもね、そのままのあなたでいいと思う。黒龍は、私の好きな人だから」

 「そうなのかもしれない。私も、神子の事が……」

 言い終わる前に、黒龍がぎこちなく朔の頬に唇を寄せた。その温かさを
感じながら、胸の内で想う。

 ――想いは消えない、ずっと。


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