「祈りの音色、想いをここに」

 

 褥から身を起こして、敦盛は傍らで眠る望美の頬を、手でそっと撫でた。

 微笑んでいるかのような、安らかな寝顔。

 “龍脈の巡りではなく、あなたと共に在りたい”

 先程望美に告げたあの言葉――今なお怨霊として現世に在る身の、わがままだと知っている。

 脳裏に、幸せを願ってくれた経正の笑顔がよぎった。胸の奥が、針を刺されたかのように痛む。

 ――それでも、望美への愛しさは変わらないのです。

 目を閉じ、龍脈の巡りに在る経正に、心の内で語り掛ける。

 夢の中で、輪廻を待つ幾千の魂に祈ったように、想いが伝えられるなら。

 閉じていた目を、ゆっくりと開ける。眠ったままの望美に、顔を近付けて。

 ――すまない、すぐに戻るから。

 額にそっと、口付けを落とした。

 

 夜着の上に衣と袴を身に付け、敦盛は外に出た。

 小さな池のほとりに立ち、笛を構える。

 冬の凍て付いた夜風に身を委ね――

 静かに、澄んだ音色を奏で始めた。龍脈を巡る経正に届ける為に、優しく音を紡ぎながら。

 風が、木々の梢を揺らし吹き抜ける。まるで共に奏でているかのように。

 

 ――兄上、聞こえていますか。

 経正が弾いた懐かしい琵琶の音が、胸の奥で響いていた。

 自分達が生き人であった頃、共に楽を合わせたあの日々は、もう戻らないけれど。

 この穢れた身を望美が愛してくれたから、救われた。

 浄化の光よりも温かく、優しい人。慕わしい望美の側にいられる、それだけで。

 ――私は、幸せです。どうか兄上も、安らかでありますように。

 奏で終えた後、調べのように吹く風音に交じり、経正の声が聞こえた。

 

 『私は、お前の兄で幸せだったよ』

 

 「兄上……」

 懐かしい温かさで、胸の奥が満ちてゆくのを感じた。

 夜の帳に、乾いた足音が響く。

 敦盛が視線を向けると、月明かりを背に、望美がゆっくりと歩いて来るのが見えた。

 「眠っていなくて、よかったのか?」

 すぐ目の前に立つ望美が、首を横に振って答える。

 「私はいいんです。笛の音が聞こえたから」

 「すまなかった。兄上に、伝えたい事があったんだ」

 細い肩に両手を伸ばし、そっと自分の方へ引き寄せて。

 「兄上は、ずっと見守って下さっている。だからもう私は……大丈夫だ」

 白い頬に、手で触れる。先程も望美は失ったものを自分の事のように感じて、泣いていたから。

 望美が鎖の付いた手に、自分の手を添えた。

 「お兄さんを封印して、敦盛さんに辛い思いをさせた私が願うのは、矛盾するかもしれないって
思ってました。それでも――」

 顔を上げ、望美は微笑む。その笑顔は優しく、限りなく澄んでいた。

 「敦盛さんが好きな気持ちは、変わらないみたいです」

 敦盛は両手で、望美の手を包んだ。

 「私も、あなたと同じ時にいたい」

 遠い、遠い先――輪廻に還る日が来たとしても。もう望美の魂と、離れたくはなかった。

 柔らかな唇に、唇を重ねる。触れ合った部分から伝わる温もりは、優しかった。

 互いに穏やかな触れ方で、幾重にも口付けを交わす。

 吐息を結び、敦盛は祈る。

 生ある者のように契る事は出来ないけれど、許されるなら。

 ――この魂はあなたと共に、永遠に在りたい。


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