「かけら――温かなもの――」

 

 舞い落ちる雪の中、電車の通過する音が響く。

 その手前に位置する踏切で、青年は静かに佇んでいた。

 凍て付いた風に、まとう異世界の装束の裾がふわりと揺れる。

 憂いをたたえた眼差しは、現世に在りながらも、遠く失った過去を見つめていた。
その両手に、透き通った輝きを放つ青い結晶を、包み込むように握りしめて。

 そういえば、こんな雪の日にも、子供達が庭で歓声をあげながら戯れていた。

 自分と、穏やかな笑みを浮かべる美しい女性が、優しげに彼らを見守っている。

 それが、心の空疎に淡雪のように溶けてゆく。だが、温かさは確かに胸に残っていた。

 行くあてのない現世で、自分は独り。けれど白龍の神子――望美が、導いてくれているのかもしれない。

 自分の知っている、温かく愛しい心を持つ少女。

 失われたものを取り戻す為に進む彼女に、出来る事は。

 ――これを、返さねばならぬな。

 傍らに咲く赤い椿の花に触れながら、青年は心の内で呟いた。空いた手で、結晶の温もりを確かめて。

 自分を覆うように薄紅色の傘が差し出され、ゆっくりと視線を向ける。

 「寒いから、一緒に入ろ」

 鈴を鳴らしたかのような、澄んだ声。望美が穏やかに微笑んで、自分を見つめていた。

 「白龍の神子……すまない」

 寒さを包むように、望美の言葉が心に沁みてゆく。

 「独りで、淋しかったでしょ?」

 望美の手が、結晶に触れていた手と重なる。

 その温もりに、青年は既視感にも似た懐かしさを覚えた。先程見た記憶の女性と、
望美が重なって見えたから。

 別人だという事はわかっている。それでも、虚ろな心に生まれた優しい痛みを、自分は確かに知っていた。

 「そうなのかもしれぬ。だが、そなたが来てくれたから、温かい」

 重なった望美の手を取り、結晶を渡した。

 「この石は、何」

 「そなたの「心のかけら」だ。折り重なった「時」――そなたが失ったもの」

 凛とした眼差しで、望美が尋ねた。

 「聞きたい事があるんだけど、前にあなたは「名は喰われ、取り戻す事は出来ない」って言ってたよね。
これが私が失くした心の一部なら――」

 青年を真っ直ぐに見つめ、望美が微笑む。まるで、とっておきの答えを思い付いた子供のように。

 「全部見つけられたら、あなたも自分を取り戻せるのかな」

 「我にもわからぬ。だが……そうなればよいと思う。そなたならば、出来るはずだ」

 思わず、青年の口元に笑みがこぼれていた。

 「うん、あなたの分も頑張るね。自分の心を失くしたままなのは恐いけど、それでも前に進みたい。
後悔したくないから」

 その時、澄み切った音を立て、結晶から眩い光が溢れ出した。

 それは優しく、抱擁するかのように、あるべきものの心へと還ってゆく。

 瞳に映る美しい輝きに、青年は失ったものを、確かに思い出していた。

 そっと望美の手を握りしめ、祈る。

 ――今は遠い、時空の果てにいるけれど。きっと、めぐり逢える。


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