「砂上の願い」

 

 茜色に染まる、夕暮れの牟礼浜。その波打ち際で。

 敦盛は傍らに寄り添って座る望美の手に、自分の右手を重ね合わせていた。
この身を現世に繋いでくれる温もりを、確かめるかのように。

 今はこのまま触れていたい。あなたの温かさは、哀しみを優しく溶かしてくれるから。

 「そういえば、一つ伝えてなかった事がありましたね。傷付けて、ごめんなさい」

 望美がうつむきながら、かすかな声で言った。

 「なぜ、神子が詫びるのだ?」

 震えているのが、重ねた手から伝わって来る。

 「戦いの時、経正さんに言ってましたよね。「私は、あなたを失いたくない」って。
私は、それに応えられなかった。私が直接封印したから、敦盛さんから大切なお兄さんを奪った!」

 涙交じりの声と共に、揺れる瞳から小さな雫が頬を、唇を伝い流れ出す。それは幾筋もこぼれ落ち、
敦盛の手の甲を濡らした。

 「神子……あなたはそこまで、我ら二人の事を……」

 「謝って済むような事じゃないのはわかってます。それでも、私は敦盛さんを失いたくない。だからっ……」

 唇を噛み締め、涙を流し続ける望美。敦盛は重ねていた右手を、そっと望美の頬に押し当てた。

 「私は、あなたに傷付けられたなどとは思っていない」

 わずかに顔を上げ、自分を見つめる望美に静かに語り掛ける。望美が我が事のようにして背負った
哀しみを、少しでも取り除きたくて。

 「あなたが私を引き止めて、生きてゆく道を示してくれたからこそ、私は今ここにいる。どうか、泣かないでくれ。
浄化の力でなくても私は、あなたに救われたのだから」

 孤独の淵にたゆたう自分に差し伸べてくれた、優しい救いの手。願わくばその温もりを、今度は自分が
伝えたい。

 敦盛は手の平で望美の頬に流れる涙をぬぐうと、細い肩を優しく引き寄せた。

 「経正さんを戻す事も、代わりになる事も私には出来ないけど、それでも敦盛さんと一緒に生きて、
幸せになりたいんです。失くした哀しみを埋めるくらい――ううん、それ以上にずっと、敦盛さんに
幸せになって欲しいから」

 胸に顔を埋めていた望美が、敦盛を見上げて微笑む。

 涙で赤く腫れた瞳。雫を含んだかのように濡れる声。けれどその笑顔は、茜色の夕陽よりも
 眩しく、美しかった。

 「兄上の代わりを演じようとしなくてもいい。かけがえのないあなた自身の側にいる今が、愛しいんだ」

 ――怨霊の性を知っても、あなたは希望をくれた。

 許されるなら、哀しみも、優しい幸せな時も、望美と共に分け合いたい。

 祈るように、望美の柔らかな唇が、敦盛の目元に触れた。

 それは浄化された兄を見送った時、敦盛が流した涙の跡。

 敦盛は望美の唇にそっと口付けた後、背中に両手を回し、包み込むように抱き締める。絹糸を
思わせる髪が、頬をくすぐった。

 かすかに望美が、腕に力を込めたのを感じる。

 それは安らぎをもたらす、優しい抱擁だった。 

 

 どれほどの間、そうしていただろうか。

 「ありがとう、敦盛さん」

 先にゆっくりと両手を離したのは、望美の方だった。

 頬を赤らめたままの望美に、敦盛は微笑んで応える。

 「構わない。礼を言うべきは私だ」

 心が鎮まった今、一つしておきたいことがあった。

 「神子、もし兄上が龍脈に戻った後も、どこか遠くで見守って下さっているのならば、兄上に
届くように祈りたいんだ。あなたの力を貸してくれ」

 「はい」

 頷いた望美の手を取り、砂浜から立ち上がった。

 互いに両手を重ね、目を閉じる。

 遠い、遠い茜色の空へ。在りし日の経正の優しい笑顔を想い浮かべ、そっと敦盛は祈る。

 ――哀しみから神子が導いてくれた幸せな明日へ、私は神子と共に行きます。許されるなら、
見届けては下さいませんか。

  どうか安らかであるようにと願いを込めて。祈りは風に乗り、天へと舞い上がった。

 

 『ありがとう敦盛、神子殿。どうか二人で、共に幸せに』

 潮風の中聞こえる、穏やかな声。それは確かに、二人の元へ届いていた。


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