「浄化の手の平」

 

 “浄化される事だけが、救いじゃないはずです”

 あの時、神子殿が微笑みと共に差し伸べてくれた救いの手。

 怨霊の性を包んだ温もりを、今も覚えている。

 

 静かな夜だった。

 彼方にはおぼろげに輝く月明かり。春の暖かな風に、時折庭にある桜の花びらが舞う。
そんな夜の帳で。

 「敦盛、お前が神子殿に惹かれた理由が、この兄にもわかった気がするよ」

 縁側に座っていた経正は、そっと呟いた。今は部屋で寝ている、弟を思いながら。

 自分の膝を枕に寝息を立てる望美は、まるで幼子のように愛らしく見えた。
互いの手を重ねた格好に、微笑みが浮かぶ。

 神子が宿すという浄化の手の平。それは神々しき天女のように、清らかなものだと
思っていたけれど。

 望美は浄化の力でなくても、一人の少女として自分と敦盛に救いを示してくれた。

 つややかな望美の髪を空いた方の手で撫で、経正はささやいた。

 「神子殿……」

 つい癖で呼んだ名を、胸の内で押し留める。望美はもう、神子ではないのだから。

 「望美殿、私はあなたに何が出来ますか」

 答えの代わりにゆっくりと繰り返される、安らかな呼吸の音。優しい響きを帯びたそれに
触れるようにして、頬に口付けを落とす。

 ――せめて、守らせて下さい。今なお私が私でいられるのは、あなたがいて下さるからなのです。

 「ん……」

 望美が薄く目を開ける。触れる温もりを感じた後、経正は唇を離した。

 「起こしてしまいましたね。すみません」

 「あの、経正さん。発作は大丈夫ですか」

 頬を赤く染めたまま、言葉を紡ぐ望美に、穏やかに微笑んで応える。

 「あなたのおかげで、私も怨霊の性を抑えられています。苦しくはありません」

 神子でなくなってからも、望美は自分と敦盛の為に祈りを捧げてくれている。かつて熊野本宮で
敦盛の発作を治めた時のように。

 「望美殿に祈って頂くだけでなく、側にいてあなたを支えたいのです」

 望美は頷くと、経正の方へ視線を向けた。

 「屋島の時経正さんに伝えた言葉、正しかったって今も思います」

 ――そうだ。我ら二人共、現世に留まってよかった。

 「ええ、私は幸せです。本当にありがとう」

 優しい救いの手を握りしめて。経正は望美の額に、そっと唇で触れた。


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