「猫と幸いと」

 

 暖かな陽が射す昼下がり。

 庵の縁側に座りながら、敦盛は傍らに寄り添う望美の方へ顔を向けた。

 一匹の茶色と白が交ざった毛をした虎猫を抱いたまま、敦盛の肩へ頬を寄せる姿。

 夢心地といった風に目を細める望美が、この猫のように可愛らしかったから。
頬に優しく、唇で触れた。

 「あ……」

 頬を朱に染めて、望美がまばたきする。

 絹糸を思わせる髪が触れるのを感じた後、唇を離した。

 「すまない、起こしてしまっただろうか」

 「寝てませんってば。ねえスズ」

 スズと呼ばれた虎猫が、望美の言葉に同意するかのように鳴いた。

 小さくとろんとした濃い水色の双眸が、穏やかな印象を与える雄猫だ。

 前足の柔らかい肉球を、スズが望美の両手に乗せる。

 互いの手を取り合ったかのような格好に、敦盛は微笑みを浮かべていた。

 ――望美も、スズと似ているな。

 かつてスズは、平家一門で飼われていた。

 都落ちの際、手放したスズと六波羅で再会したのが一週間前。

 彼を預かっていた行商人の女性に頼んで、スズが自分の元へ戻って来ることになったというわけだ。

 ふと、スズが膝上に乗ったのに気付き、敦盛は視線をスズの方へ。

 ごろごろと喉を鳴らしながら、スズが顔をすり寄せて甘えてくる。

 遊んでくれと言わんばかりに差し出された前足を手の平で受け止めると、敦盛はスズを抱きかかえた。

 「この穢れた身でも、お前は変わらずに慕ってくれるのだな」

 「敦盛さんが優しいのを、スズもちゃんとわかってるからですよ」

 

 “そうだ。君が怨霊であっても、僕が君と過ごした日々は大切なものなのだ”

 そんな声が聞こえてきそうな程力強く、スズが一声鳴く。

 

 「猫語だとたぶん、私が言った通りで合ってると思います」

 「猫の言葉がわかるのか?」

 ――神子でなくなった今でも、その清らかさゆえに意思を通わす事が出来るのだろうか。
今まで共にいて気付かなかったとは。

 脳裏に浮かんだ疑問に、望美はくすりと笑って答えた。

 「さあ、どうでしょうね。でも、そう思うのは本当ですよ」

 それに、とささやいて、望美が顔を近付けてきた。

 「スズだけじゃなく私も、敦盛さんが大好きです。ちゃんと、わかってくれてますよね」

 「ああ。望美は私に、失くしたものを優しく満たす幸せな時をくれたから。
この想いは、忘れたくない」

 自分の頬をそっと触れ合わせて、敦盛は応えた。気を利かせたかのように右肩に移った、
スズの心遣いに感謝して。

 甘える猫を想起させる仕草で、頬をすり寄せる望美の唇に、敦盛は自分の唇を重ねる。

 ――スズも交えてあなたと共に過ごす幸福が、これからも続いて欲しい。

 柔らかな温もりを感じながら、敦盛は望美が首から提げた、桜色の守り袋に触れた。
中に入った、あの日二人で共に買った揃いの土鈴を鳴らす。

 スズと同じ名を持つ土鈴が、澄んだ音を立てて鳴り響いた。


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