「髪結い」

 

 「あの、敦盛さん。お願いがあるんですけど」

 部屋で敦盛の傍らに寄り添って座りながら、望美は頬を朱に染めて言った。白い指を、
敦盛の結い髪に触れたまま。

 「私の髪を結ってもらえませんか」

 「構わないが……今日はあなたの装束が、いつもと違う気がする」

 敦盛は耳を赤くして、望美の装束に目をやった。

 藤の花が模様に施された、上質な絹を用いた若葉色の袿。その姿は、さながら清楚な姫を思わせた。

 ――あなた自身が持つ清らかさが、一段と引き立っている。

 胸の奥で感じる、心地よいざわめき。ふと、望美につんと、指で頬をつつかれた。

 「もう、敦盛さんってば。自分の誕生日を忘れてませんか」

 「えっ? ああ、望美のいた世界では、生まれた日を祝うのだったな」

 「今日は好きな人の、大切な日ですから。私だっておめかしくらいしたくなります」

 「そうか。気付かずにいて、すまなかった」

 首筋にそっと、望美が微熱の残る頬を押し当てる。触れる温もりを包むように、敦盛は望美を抱きしめた。

 

 姿見の前。虎猫のスズを膝に乗せた格好で、望美はゆったりと座っていた。

 絹糸を思わせるつややかな髪を、敦盛が細やかに櫛で梳いていく。

 「スズも後でおめかししようね」

 嬉しそうにスズが一声鳴く。彼と望美のそんなやりとりを聞きながら。

 敦盛の手先は、自然と普段自分が結っている形になっていた。

 “さすが敦盛さん、上手ですね”

 不意に、自分と揃いの結い髪で、そう言って望美が微笑む光景が脳裏に浮かんだ。鼓動が高鳴る。

 ――今は、望美の髪を結わねば。

 丁寧に両側で結んだ髪の一房を手ですくい取る。と、望美がかすかに肩を震わせ、声を上げた。

 「あ……」

 「すまない。動かずにいてくれるか」

 「はい。すいません、自分で頼んでおいて」

 反射的に姿勢を正す望美の肩に、そっと手で触れて。

 「気にしなくてもいい。こうしてあなたの髪を結うのも、よいと思っているから」

 自分の為に大切な装束を着てくれただけでも嬉しかった。もう少しだけ、柔らかな髪に触れていたい。

 結んだ髪の一房を持ち上げ、優しく口付けを落とす。

 花の蜜に似た甘い香りに、唇を押し当てたまま目を細めた。

 

 仕上げに敦盛が望美の結い髪に、薄紫色の硝子玉が飾られたかんざしを挿して。

 「終わったが、これでよいだろうか」

 「はい、ありがとうございます」

 望美の膝上では、首輪に結わえ付ける格好で、若葉色の細い布を蝶結びにしたスズ。

 彼は気に入ったと言わんばかりに、濃い水色のとろんとした双眸を細めて、敦盛を見上げていた。

 「お揃いですね。その、似合ってますか?」

 「あ、ああ」

 頬を真っ赤にして、敦盛は答えた。

 結い髪が、望美の凛とした美しさを際立たせていた。その上、白く透き通ったうなじが艶めいて見える。
身にまとう装束と相まって、その姿は天女であるかのように美しかった。

 「誕生日、おめでとうございます。今日私は、敦盛さんのお姫様ですからね」

 穏やかなようで、どこか幼げな微笑みを、望美が向けてきた。

 「ありがとう。こんなにも清らかなあなたが側にいてくれる。どんな贈り物よりも、幸いな事だ」

 望美の耳に唇で触れながら、そっとささやいた。


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