「命をくれた温もり」

 

 「ねえ敦盛さん。私に命をくれた温もりを、覚えてますか」

 鏡のような満月の清麗な光に、横顔を照らされて。縁側に座る望美が、敦盛に
くすりと微笑みを向けた。

 「命、を……?」

 胸の辺りに手を当てて考えるも、答えがすぐに思い浮かばない。

 だが心当たりはある。自分が怨霊の力を解き放って、望美の命を守った――

 「もしやそれは、倶利伽羅での事か」

 「ええ、そうです。助けてもらった時、優しい温もりが唇に触れるのを感じたから」

 望美の言わんとしている事が、ようやくわかった。――あの時か。

 怨霊の姿から元に戻った後。望美の息を吹き返させる為に、自ら口移しで唇に息を分け与えた。

 思い出すと、頬が熱くなる。だが、それでも。

 「ただ、あなたを死なせたくなかっただけだ。その、知らぬうちに穢れを移してしまっていたのだろうか」

 「違います! そういう意味で言ったんじゃなくて」

 「す、すまない」

 確かに、望美の清浄さは今も変わらず、穢れも感じない。いらぬ心配であって安堵した。

 「今私がこうして側にいられるのは、敦盛さんが怨霊の力で守ってくれて、優しい温もりに命を
もらったからなんですよ。今日が敦盛さんの誕生日で、大切な日だからこそ、伝えたかったんです」

 「十分に伝わった。ありがとう」

 それは自分も同じだ。望美がいるから、この身は今に在る。

 肩に朱に染めた頬を寄せる望美。背中に両手を回し、そっと抱きしめた。

 白磁さながらの透き通った首筋に、唇で触れる。

 「あ……」

 夜着越しに、望美の鼓動がとくん、と跳ねたのを感じた。

 「望美を傷付けた罪は変わらない。それでも、守りたかったんだ」

 望美の首に、指をなぞったように残る一筋の青い痣。それは厳島神社で正気を失った時、望美に
付けてしまった傷痕だった。

 今でも忘れられない記憶。望美がこの穢れた身を愛してくれたように、その傷を優しく包みたい。

 耳の下に唇を押し当て、そっと息を吸い込む。

 「敦盛さん……」

 首筋の痣をゆっくりと唇で辿ると、ほっそりとした白い指が、髪に伸びてきた。

 「罪だなんて思わないで下さい。私も敦盛さんも、ちゃんとここにいるんだから」

 望美の手が、髪を優しく撫でる。

 「私を、こんなにも好きになってくれたその気持ちだけで、私は嬉しいです」

 腕の中の望美を抱きしめる手に、敦盛は力を込めていた。

 「土鈴の音が聞こえた時、望美を手にかけたくないと強く願ったからなのだろう。こうして守れた
あなたの温もりが、愛しい」

 「私もです。ねえ敦盛さん、顔を上げてくれませんか」

 促され、顔を望美の方へ向ける。澄んだ碧色の瞳と、視線が交わって――

 桜色の柔らかな唇が、唇に触れた。

 伝わる温かな熱。それはしっとりと淡く、包み込むかのように。

 ――望美……。

 唇を離した望美が、右目をつむって敦盛を見つめていた。

 「私からの「ありがとう」と「大好き」の気持ちです」

 望美が向けた微笑みは、月明かりよりも美しく澄んでいた。

 「ああ」

 その口付けに応えるように、敦盛は唇を重ねた。


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