「蛍夜の祈り、約束の証を」

 

 永遠の約束を誓った今、希う。

 どうかあなたと過ごす幸福が、とこしえに続くようにと。

 

 熊野本宮で、望美との祝言が済んだ夜。

 社殿の石段に座る望美に寄り添い、敦盛は境内を飛び交う蛍を見つめていた。

 蛍は、死人の魂が姿を変えたものだという話を聞いた事がある。

 ――兄上は、今の私達を見て下さっているのだろうか。

 龍脈の巡りに在る経正に伝えたい。愛する望美と祝言を挙げた自分は、残してくれた思いのまま幸せだと。

 隣に座る虎猫のスズも、経正への想いを馳せているかのようだった。

 望美の方へ穏やかな視線を向ける。

 幾百も儚げに漂う蛍火の中、目を閉じて祈る姿は清浄で美しかった。

 その祈りに重ねるようにして、敦盛は目を閉じる。

 ――兄上、私は望美と祝言を挙げ、この穢れた身を望美はずっと支えると言ってくれました。愛しい人と共に
在るからこそ、私は幸せです。許されるなら、私達を見ていては下さいませんか。

 境内に、涼しく心地よい風が吹いた。木々の梢が、葉擦れの音を立ててそよぐ。

 『望美殿をめとったのだね。おめでとう、敦盛。婚礼の宴で琵琶を奏でる事は出来なかったが、この兄は
いつまでも二人を見守っているよ』

 小さな小さな――けれど昔と変わらぬ経正の声。奏でにも似た風音の中、確かに感じた。

 『ふふ、よい義妹を迎えて私は嬉しい。お前も自分の妻を――望美殿を支えてあげなさい。怨霊の身で
あるお前だからこそ、望美殿の為に出来る事がある』

 ――兄上……ありがとうございます。

 心から微笑んでいるかのような兄の声に、頬が熱くなる。

 『スズ、お前も二人と共に幸せに』

 スズが同意するように鳴き、敦盛は静かに目を開ける。祈り終えた望美が、優しげな眼差しを
こちらに向けていた。

 「望美は、何を祈っていたのだ?」

 「経正さんにありがとうございますって伝えて……それから、朔が黒龍と幸せになれますようにって
祈ったでしょ。後は」

 楽しそうに、望美が指を折りながら数えていく。本当に優しい人だ。誰かの幸せも、我が事のようにして
思えるから。

 思わず、笑みがこぼれていた。

 「あなたらしいな」

 「あ、笑いましたね。でも一番大切な事は、ちゃんとお願いしましたよ」

 声を弾ませた望美が浮かべたのは、蛍火よりも眩いとびきりの笑顔だった。

 「私達がずっと幸せに、一緒にいられますようにって。結婚するって決めて約束した「ずっと」は変わらない、
私達だけのもの。そうでしょ?」

 「ああ。この身も、心も……望美と離れぬように、共に在りたい」

 罪を重ねたこの穢れた身が、永遠を願うなど愚かだと思っていた。それでも望美が、今ここに在る自分の
存在を愛してくれたからこそ――離れたくはなかった。

 すっと望美が、こちらへ右手の小指を差し出してきた。

 「望美?」

 「出来たら、指切りをしてくれませんか」

 指切りは、望美がいた世界でする約した事を守る証だと聞いていた。

 敦盛は細い指先に自分の右小指を触れ合わせ、しっかりと絡める。と同時、鈴を鳴らしたような澄んだ声が響いた。

 「指切りげんまん、嘘付いたら針千本――」

 「あなたと誓った永遠に、そのような偽りは言わない」

 顔を互いに絡めた指に近付けると、望美の白い指に唇を押し当てる。

 「あ……」

 そっと指先をほどくと、望美が頬を朱に染めていた。

 「永遠の約束を守らせてくれと言っただろう、私は」

 額に口付けながらのささやきに、望美がはにかみながら頷く。ちらりと敦盛はスズの方へ顔を向けた。

 “祝言を祝って下さった、経正殿のお言葉も受け取った。後は二人に任せる”

 そう言わんばかりの満足そうな寝顔で、石段の上に仰向けに伸びをする姿。

 「スズ、寝ちゃいましたね」

 「いや、私達を気遣ってくれたのだと思う。望美、あなたは先程兄上が仰っていた声が、聞こえていただろうか」

 すでに浄化され、龍脈を巡る兄――その姿は見えない。声を聞くというより、感じるという方が近いのかもしれないが。

 「うん。祈るのに集中してても、ちゃんと経正さんの言葉は伝わってきましたよ」

 肩に触れる、柔らかな頬の感触。望美が自分の背中に両手を回し、頬を胸に寄せていた。

 「私の事をよい義妹って言ってくれてたけど……私は、敦盛さんのいい奥さんになれるのかな」

 ぎゅっと腕に力を込めて、胸に顔を埋める幼げな仕草が可愛らしかったから。敦盛は絹糸のようなつややかな髪を、
手でゆっくりと撫でた。

 「妻になっても、望美はそのままでいい。あなたと共に幸せを紡げる、それだけでいいんだ」

 かつての自分も、経正と同じく望美の手による浄化を願っていた。

 だがもし、彦島や厳島でそれを受け入れていたなら――兄のように存在を感じられても、側に在る今を失わずに
触れ合う事はもう二度と出来なかっただろう。

 胸に頬をすり寄せる望美の髪に、ほっそりとしたうなじに、手を滑らせながら。

 ――こうして側に在る幸福が、愛しい。願わくば、とこしえに続いて欲しい。

 「さっき「身も心も、望美と離れたくない」って言ってくれましたよね。それは私も同じです。今も、この命の限界が
来た後も、敦盛さんとずっと一緒にいたいって」

 望美がゆっくりと顔を上げる。翠玉の瞳を水面のように揺らせて、心から幸せそうに微笑んで。

 儚げな幾百の蛍火に照らされ、桜色のなまめかしい唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 「もう一度、「ずっと」の約束の証を下さい」

 

 心の深い深い場所で響いた、その願いに応じるようにして。敦盛は、自分の唇を重ねていた。

 「ん……」

 愛しむ想いそのままに、幾重にも柔らかな温もりを伝えながら。脳裏に先程経正が告げた言葉を思い浮かべていた。

 “お前も自分の妻を――望美殿を支えてあげなさい。怨霊の身であるお前だからこそ、望美殿の為に出来ることがある” 

 優しい望美の存在を、支えたい。この穢れた身の全てで。

 ――この存在は、とこしえにあなたと繋がっていたいから。

 胸の内で強く希い、敦盛はそっと呼吸を重ねた。


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