「水の夢と現と」

 

 それは、優しい夢だった。

 蒼く透き通った水をどこまでも満たしたような空間。深い海の底を照らす陽にも似た、眩い
光が射す世界で。

 そこにただ自分が浮かんでいるのを、温かな意識の中で敦盛は感じていた。覆い被さるように、
腕の中に愛しい望美を抱き締めて。

 水がこの空間に満ちていても、不思議と苦しくはなかった。むしろ、安らぎさえ覚える程に温かい。

 望美が小さく微笑んで、敦盛の背中に両腕を絡める。

 ――そうか。私が願った夢の中でも、あなたは……。

 穏やかな温もりで、この穢れた身を包んでくれている。互いの鼓動が、触れ合う微熱が、感覚を
理解するより先に敦盛の意識に直接伝わってきた。

 望美が白い指先を、流れるような手付きで敦盛の後頭部から首筋へと滑らせる。応じるように、
しっとりと濡れた唇に自分の唇を重ねた。

 「ん……」

 熱を帯びた柔らかな感触が、唇を通して触れ合う。

 たゆたっているこの水と同じような心地よさに、互いに幾重にも口付けを繰り返していた。

 ――夢でさえ、望美への愛しさに私は満たされている。血の渇きすらも感じぬ程に。

 もう水気を力とする八葉ではなくなっても。この温かな水のように、望美を優しく、心地よく包んでいたかった。

 両腕を望美の背中に回し、深く深く抱き締めていた。蒼く透き通った水の中をたゆたいながら。

 

 胸をじわりと濡らす温かな涙に、敦盛は目を覚ました。

 褥に寄り添って眠る望美の瞳から流れ落ちる、小さな雫。

 互いに重ねていた手をそっとほどき、指で頬を伝う涙を拭うと、望美がうっすらと目を開ける。

 「敦盛さん……」

 「泣かないでくれ。夢でも現でも、私は側にいるから」

 雫を含んだように濡れた声で、望美がゆっくりと言葉を紡いだ。

 「優しい夢を見てたの。気持ちいい水の中で、敦盛さんが私を抱き締めてくれる夢」

 「そうか……私が見ていた夢に、やはりあなたはいてくれたのだな」

 澄んだ翠玉の瞳がさざ波のように揺れ、また一筋の涙が浮かんでいた。

 「夢の中でも、私達は繋がっていられたんですね。本当に嬉しい」

 微笑んだ拍子に頬にこぼれ落ちた涙の痕に、敦盛はゆっくりと唇を這わせる。

 「あ……」

 「思えばあの夢は、私そのものだったのだろう」

 「うん。とても優しくて、私を心地よく包んでくれる」

 かつて感じた怨霊の姿に転じる、悪夢を見るような感覚とは真逆の幸福過ぎる夢だった。

 それは重ねた罪を知っても、この穢れた身を愛してくれる望美を、抱き締めていたいと願ったから。

 と、胸に顔を埋める望美が消え入りそうな声でささやいた。

 「敦盛さん……しばらく、こうさせて」

 すっと望美の両腕が背中に回り、紗で覆われるかのように抱き締められる。華奢な腰に、敦盛は
両腕を絡めた。

 「ああ」

 ――許されるなら今一度、先程の夢の続きを。

 薄い白単越しに融け合う、穏やかな鼓動の音。永遠を思わせる静寂の中で、敦盛は調べにも似た
それを聴いていた。

 望美がそっと、桜色の唇を頬に寄せてきた。

 「私も少しでも、温もりを伝えたいの」

 ふわり、と柔らかな温かさが触れる。

 「……それで充分だ」

 ――痛みも、渇きも、望美への愛しさで満たされる程に私は幸福なのだから。

 顔をこちらへ向けた望美の唇に自分の唇を重ね、熱を分け与える。包み込むような口付けを、何度も。

 唇を離した後、敦盛は望美を優しく胸の中へ引き寄せた。

 安らかに微笑んで眠る望美を追うようにして、静かに目を閉じる。

 ――願わくばまた、夢の中でもあなたと共にいたい。


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