「湯浴みの後で」

 

 開け放した障子を通して部屋に吹いてくる、夜の涼しく穏やかな風が心地よい。

 湯浴みを済ませた敦盛は、部屋の床に座っていた望美の傍らへ腰を下ろした。

 「敦盛さん、髪を乾かさないと……濡れたままでは風邪をひきます」

 「私は大丈夫だ。私が人ならぬ身である事は、あなたも知っているだろう」

 「知ってるけど、言いたかったんです」

 拗ねたように頬を膨らませる望美が立ち上がり、籠の中から白い麻布を取り出した。

 ふわり、と頭に麻布が被せられ、白磁のようなすべらかな両腕が伸びてくる。

 「ほら、これで髪を拭いて下さい」

 自分の目の前に座り、どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべる望美。その手は敦盛の
頭にぴったりと触れたまま。

 「望美、私は子供ではない。髪は自分で拭ける」

 「なるほど。私に触れられるのは嫌でしたか」

 試すような問い掛けに、敦盛はしてやられた気持ちになる。

 ――嫌だと思うはずがないと、あなたはわかっているだろう。

 そっと微笑みで返し、艶やかな唇に自分の唇を重ねる。伝わる温もりと、先に湯浴みを
済ませた望美がまとう、白檀の落ち着いた香が心地よい。

 唇から頬を伝い、すべらかな首筋を唇で辿った後。頬を朱に染めた望美が髪を拭い
始めるのに合わせるようにして、敦盛は唇を遠ざけた。

 髪を拭う手付きは優しく、思わず目を細めてしまう程だ。

 「敦盛さんの柔らかくて綺麗な髪、私にはちょっと羨ましいかな」

 「そういうものだろうか。望美の髪も、美しいと思うのだが」

 まるで上質の絹を思わせる、透き通った髪。手を伸ばして、そのさらさらとした感触を確かめる。

 愛しむように髪を撫でると、望美が子猫にも似た笑みを浮かべた。

 「望美のまとう薫りは、とても心地よい。私の身に宿る穢れの匂いを優しく包んでくれる程に」

 敦盛は上体をゆっくりと傾かせ、細い肩に顔を押し当てた。

 「あ……」

 「それは香ばかりではなく、あなた自身が持つ清浄さだ」

 ――願わくばこの穢れた身を包む優しい薫りを、もっと近くで感じていたい。

 細い肩に両腕を絡めて、すべらかな首筋に唇で触れた。望美のまとう白檀の香が、
少し濃く薫る。

 と、つんと白い指に頬をつつかれ、敦盛はわずかに視線を望美へと向けた。

 「今はだめ、ですよ。髪を乾かすまで、もう少し待ってて下さいね」

 幼子に言い聞かせるようでいて、どこか楽しげな口調。敦盛は絡めていた
腕を離し、上体を起こした。

 「すまなかった」

 「別に怒ってませんってば」

 どれ程の間、髪を拭う繊細な手付きに身を委ねていただろうか。

 ようやく髪が乾いた頃、望美が敦盛の髪を櫛で梳かしながらささやいた。

 「さっき、穢れの匂いって言ってましたよね。でも私を包んでくれる温かくて優しい
匂いだって、私は思ってる」

 櫛を夜着の懐にしまい、望美が敦盛の肩へとしなだれかかる。

 「もし望美が、私のまとう匂いをそのように感じているのならば、それはあなたが
側にいてくれるおかげだ」

 怨霊として蘇ったばかりの頃、避けられていたこの穢れた身。愛してくれた望美の
優しい薫りに交わる事で。

 「うん、私はここにいます」

 まるでさざ波が立つかのように。穏やかながらも、どこか切なげに揺れる翠玉の瞳。
それが求めているものに気付いていたから。

 顔を上げた望美の唇へ、敦盛は柔らかな触れ方で唇を重ねる。望美がまとう白檀の
落ち着いた香を辿るようにして、首筋に唇を這わせた。

 ――あなたの優しい薫りの残り香に、少しでも長く触れる事が許されるなら。

 胸の内で強く願いながら。折れそうに細い肩に両手を回し、深く抱き締めた。


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