「君にだけ効く薬」

 

 穏やかな昼下がりの五条の庵。時折涼しい風が吹く縁側に、弁慶は座っていた。
自分の膝を枕に、仰向けの体勢で心地よさそうに微笑む望美を、優しげな眼差しで
見つめながら。

 「望美さん、疲れているのではありませんか?」

 「大丈夫ですよ。こうしてると落ち着きますから」

 まるで猫のように、目を細めてとろんとまどろむ仕草が可愛らしかった。

 ――いけない人ですね。薬師として、また妻として頑張りやさんな君の姿を
僕が知っている事。君はとうに気付いているのでしょう。

 白磁を思わせる頬に、つっと指を這わせる。

 「おや、愛しい妻を案じるのは夫の特権というものでしょう」

 ゆっくりと上体を起こして、澄んだ翠玉の瞳で、きょとんとこちらを見つめる望美。
白く柔らかな頬に温かく口付け――壊れ物を扱うようにして、再び膝に寝かせる。

 まるで幼子のように膝上で甘える、望美のつややかな髪を右手で愛しげに撫でて。

 弁慶は、傍らに置いた漆塗りの盆に載っていた陶器の器を手に取った。望美が好んで
使う淡い紫色のそれに入った中身は、琥珀色にたゆたう薬湯。

 「君の好きな蜂蜜を入れてあります。氷室で冷やしておいたから冷たいですよ」

 器を桜色の唇に近付けて、ゆっくりと薬湯を含ませる。

 「ん……甘くてとても美味しいです」

 しっとりと微笑む望美の頬に指を滑らせた後、弁慶はわざと意地悪く笑った。

 「薬師として効き目は保証しますよ。君にだけ効く媚薬を、こっそりと入れておきましたから」

 その途端。うっすらと朱に染まった望美の頬に、なお赤い紅が浮かんだ。

 「えっ、ちょっと待って下さい。媚薬なんか飲ませなくても、私は弁慶さんが……」

 そのうろたえる仕草があまりにも可愛らしくて。弁慶は白い頬を、つんと指でつついた。

 ――ふふ。君の心に煎じた媚薬は効いているようですね。

 「言わせませんよ。望美さんの純粋な気持ちは、ちゃんとわかっています」

 「もう、知ってて意地悪するなんてずるいです」

 身を起こした望美がぎゅっと抱き付き、弁慶の胸へと顔を埋めてきた。まるで、照れて
赤くなった顔を見られまいとするかのように。

 「どうか顔を上げて下さい、望美さん。今口直しを用意しますね」

 顔をこちらへ向けた望美のかすかに濡れた唇へ、唇を重ねる。甘く柔らかな温もりを、
優しく分け与えて。

 ――この媚薬の効き目は、切れる事はありませんね、ずっと。


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