「闇の中、確かな温もり」

 

 夜の中、敦盛は部屋の褥に身を横たえていた。

 静かな闇だった。目を閉じていると、中秋の美しい月明かりもここには届かない。

 それでも、かつて眠る時幾度となく心にあった怖れはもうなかった。

 まどろんで、闇の中に意識が溶ける時――怨霊の発作が起こりうるのではないかという
怖れが、心を戒めていたけれど。

 ――それは、あなたの温もりに包まれているからなのだろうか。

 傷付けたくないと希う、愛する人。目を閉じていても、腕の中に抱き締めている微熱が
交じった望美の体温を感じる。

 安らかで、穏やかに。互いに触れ合う鼓動が、心音を刻んでいた。その時の流れは、
永遠を思わせて。

 「敦盛さん……」

 鈴を鳴らしたかのような望美の声。どこか憂いを帯びた声で、敦盛を求めていた。

 ――私は、ここにいる。

 ただそれだけを伝えたくて。闇の中手探りで望美の頬に触れ、唇を重ねる。

 「ん……」

 目を閉じた闇の中では月が見えなくても。月のように清らかな望美は、側にいてくれる。

 望美が震えながら、腕に力を込めるのを感じた。

 

 目を開けると、望美が敦盛の胸に顔を埋めていた。

 絹糸を思わせる髪に右手を差し入れ、まだかすかに震える背中へと優しい手付きで滑らせる。

 「敦盛、さん……」

 「望美、どうしたのだ? 哀しい夢を見ていたのだろうか」

 頷き、寂しげな瞳で見つめてくる翠玉の瞳は、不思議と幼い頃の自分に似ていた。

 「真っ暗な夢の中で、独りだったの。とても怖かった」

 「そうか……だが私もスズも、あなたの側にいるだろう」

 柔らかな白い頬に唇を寄せささやいて。枕元にある、スズと呼んだ猫の寝床になっている
籠へとちらりと視線を向ける。気配を察したのか、スズがぴんと耳を立てた気がした。

 「スズ、こちらへ来てくれ」

 その途端。伸びをした体制で寝ていた、茶色と白が交ざった毛の虎猫――スズがゆっくりと
起き上がり、すたすたとこちらへ歩いてくる。敦盛は望美を抱き締める腕を少し緩め、彼が
入れる程の隙間を空けてやった。

 嬉しそうに喉を鳴らしながら、望美の顔に頬をすり寄せて甘えるスズに、敦盛は
微笑みを浮かべていた。

 「だから……望美は独りではない」

 「うん。哀しい夢から覚めて、私を抱き締めてくれる温もりは、優しい」

 澄んだ翠玉の瞳をかすかに揺らせながら。桜色の唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 「どうか今は、この温もりにすがらせて」

 「ああ」

 ――やっと、望美が笑ってくれてよかった。

 頭を下げて望美の胸に収まった、スズの気遣いに感謝して。口元をほころばせて
微笑む桜色の唇へ、唇を重ねる。しっとりと濡れた熱が優しく伝わって来た。

 どれ程の間、柔らかく触れていたのだろうか。そっと唇を離した後。

 望美の視線が、かすかに開いた障子の隙間から見える月に向けられていた。

 漆黒の夜に映える真円の鏡を思わせる、清麗な満月。

 「十五夜のお月様……綺麗ですね」

 「そうだな。あなたのように美しく、清らかだ」

 先程の目を閉じた闇とは対照的だった。瞳に映る優しい光を、ずっと守りたい。

 望美の胸に収まって、満足そうなスズの笑顔を見やる。

 “君だからこそ、望美を守れる”

 そんな声が聞こえてきそうな気がした。


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