「凍しき夜に捧ぐもの」

 

 小高い丘にそびえ立つ壮麗な古城。

 私室に繋がるテラスで、一人の吸血鬼の青年がじっと佇んでいた。

 凍て付いた夜風に、薄紫色の長髪が羽衣のようになびく。

 外襟を立てた白いシャツに、黒のズボン姿。夜闇を思わせる闇色の外套を羽織り、
我が身を抱き締めるようにして。

 今宵はハロウィンの祭り。見下ろす街に灯る温かな灯りは、自分には眩しい。

 そっと目を閉じると、吸血鬼として己が重ねた罪の影が瞳に映る。さながら、
凍れる時を思わせる澱みに、深く身を委ね――

 と、背中から我が身を包む温もり。抱き締められる心地よさに、吸血鬼の青年――
敦盛は目を開けた。

 「敦盛さん」

 振り返らなくてもよかった。小鳥よりも澄んだ声は、愛しい人のものだったから。

 「望美、側にいてくれたのだな」

 顔だけを横に向けて、雪のような頬に柔らかく唇で触れた。

 「うん」

 望美が微笑みながら、頬を朱に染める。

 黒を基調とした、膝丈程ある優雅なデザインのドレスをまとう望美。髪と胸元に
あしらわれた、薄紫色の薔薇を模した飾りが鮮やかで美しい。まるで望美自身が、
一輪の黒薔薇であるかのように。

 「私は魔女だから。契約した敦盛さんが哀しい想いをしてる事くらい、すぐにわかりました」

 魔女――それは唯人にはない魔法の力を扱う女性。精霊の血を引く望美もその一人だ。

 「全く、それは僕とて同じだぞ。めでたい祭りの夜に、沈んだ顔をしているなど」

 叱るようでいて、どこか心配そうな口調。

 それは望美の傍らで器用に空中に浮く、白い羽根を生やし茶色と白が交ざった毛をした、
虎猫からだった。

 「私は、スズにも心配をかけていたのだな……すまない」

 「君との付き合いも長い。気にするな」

 「それで、何があったんですか」

 望美が背中を抱き締める腕に、少し力を込めるのを感じた。

 「この血で穢れた身には、ハロウィンの祭りは相応しくないと思って、独りでいた」

 望美のほっそりとした首筋にうっすらと浮かぶ、ひとひらの花弁にも似た赤い痣。血を
思わせる緋色のそれは、望美と契約した刻印。

 契約に伴って血の疼きを抑える事が出来ても、重ねた罪の記憶は消えない。

 人々に吸血鬼と恐れられ、避けられていたこの身は――あの温かな灯りに触れる
事など、許されるのだろうか。

 「相応しくないなんて、言わないで下さい」

 桜色の唇が耳元にそっと触れ、柔らかな声でささやかれる。

 「私やスズも、一緒にいますから。敦盛さんは独りにはならないはずです。契約
したからってだけじゃなくても」

 甘い微熱が、優しく耳をくすぐる。ゆっくりと頬から首筋を、敦盛は唇で辿った。

 「ああ」

 首筋の痣に触れたまま、ただ一言そう応えた。

 

 「スズ、久しぶりに元の姿に戻ってもらっていい? 私達三人で、ハロウィンの
お祭りを空から見に行きたいの」

 敦盛の背中を抱き締める腕をほどき、望美がスズへと向き直った。

 「ふむ、空中散歩か。なかなかに乙な考えだな」

 魔女である望美の使い魔、スズ。その真の姿ならば、敦盛と望美を容易に背中に
乗せて翔べるだろう。

 「すまない、スズ。お前の魔力を使わせてしまって」

 「気にしても詮無き事だ。こうして君達に付き合うのも僕の勝手。だがその代わり――」

 にやり、という音が聞こえそうな程に、スズが琥珀色の双眸を細めて、不敵な笑みを浮かべる。

 「帰ったら、タイとカツオの刺身を山盛りもらうぞ」

 ――確か、ハロウィンの日に食すのは菓子ではなかっただろうか。

 彼が甘いものを好まないのは知っている。だが敦盛は胸の内で、思わず突っ込みを入れていた。

 望美が胸の前で両手を組み、祈るようにして目を閉じる。

 その瞬間。スズの足元に薄紫色をした五芒星の魔法陣が浮かび上がった。

 紫水晶にも似た光が、スズの体を繭のように包み込み――

 光の粒子が霧散した後。一対の大きく白い翼を持つ、雄々しき獣がそこにいた。

 体高は敦盛の背丈を優に越え、体長は二メートル程だろうか。ぴんと尖った耳に、茶色と
白が交ざった毛並み。その姿と顔立ちは、どこか獅子を想起させる。だが穏やかな光を
たたえた琥珀色の瞳は、敦盛がよく知るスズのそれだった。

 「さて、出掛けるぞ。敦盛も望美も、早く背中に乗れ」

 低く柔らかな声で、スズは楽しげに言って来た。

 

 自分達がいた古城の、七階建てに相当する尖塔程の上空から街を見下ろす。

 建ち並ぶ家々には、先程古城のテラスから敦盛が眺めていたのと同じ、温かな灯が
灯る。通りから聞こえる、魔女やゴーストに扮した子供達のはしゃぎ声に、スズが
口元をつり上げた。

 「トリックオア・トリートか」

 「そうだね。敦盛さん、お菓子は欲しいですか?」

 スズの背に横座りしたまま、ドレスの衣のうに手をやろうとする望美。隣に座る敦盛は、
頬を赤く染めてその手を重ねた。

 「私は……あなたとこのままでいられたなら、それでいい」

 望美がはにかみながら、敦盛の肩へ顔を押し当てた。甘い薔薇の薫りが、絹糸の
ような髪からかすかに薫る。

 「私もです。敦盛さんに見せたい魔法があるから、見ていてくれますか」

 敦盛が頷くのと同時。望美が敦盛の手を握り締め、しっとりと目を閉じる。

 望美を抱擁するように、薄紫色の魔力の光が包み――

 その輝きが消えた後。夜空から街の灯りにも似た光が、淡雪のように
街に降り注いだ。煌めくようでいて、触れると温かい。

 その温もりが、かつて重ねた凍れる罪の記憶に優しく沁みて。敦盛は胸に
顔を埋める望美を、腕の中に包むようにして抱き締めた。

 自らの意思とは関わりなく起こる、血の疼きと渇望。罪と血に穢れたこの身を
望美は許し、愛してくれた。

 唇を、望美の首筋に浮かぶ契約の刻印に押し当てる。顔を上げた望美の唇から、
微熱交じりの吐息がこぼれた。

 「温かさを宿す、美しい魔法の光だな。私も望美に渡したいものがある。受け取って
もらえるだろうか」

 契約の刻印――それは自分が望美に刻んだ印だ。そんな自分が願うなど、浅ましいと
わかっていた。だが、それでも――

 そっと息を吸い込んでから唇を離し、澄んだ翠玉の瞳を見つめる。

 「うん、トリックオア・トリート」

 その言葉が合図であったかのように。望美の唇へ、口付けを落とした。甘く柔らかな
温もりを、しっとりと濡れた唇へ伝える。

 「ん……」

 幾重にも唇を重ねながら、敦盛は胸の内で強く願う。

 ――この愛しさをただ、あなたに捧げたい。


 Back  Next  Home

inserted by FC2 system