「重なる距離で、あなたの側に」

 

 自室のベッドに仰向けに横たわる望美が、熱に潤んだ瞳で敦盛を見つめていた。

 「敦盛さん……」

 掠れた、いつもより弱々しい声に胸の奥が針で刺されたかのように痛む。

 敦盛はズボンのポケットからハンカチを取り出して、傍らのテーブルに置かれた
水が入った洗面器に浸す。絞ったそれを額に押し当てると、望美は心地よさそうに目を閉じた。

 望美がかかった風邪の病は、三日程安静にしていれば治るという。

 ――それでも、三草山で看病してくれた時のように、あなたの為に出来る事があるなら。

 額にうっすらと浮かぶ汗を、押し当てたハンカチで繊細な手付きで拭った。

 「私に望む事を、教えてくれ」

 吐息が重なる程の距離から、まどろむ幼子のようなおぼろげな声が返って来る。

 「温かいお粥が食べたい。でも、敦盛さんが……」

 喉の奥に熱いものがこみ上げたように押し留められる声。望美が伸ばして来た手を、ただ
重ねる事しか出来なかった。

 「すぐ戻るから、少しだけ待っていてくれるだろうか」

 頷く望美の耳元に柔らかく唇で触れて。敦盛はゆっくりと立ち上がった。

 

 十分後。台所から戻って来た敦盛は粥が入った椀を傍らのテーブルに置き、望美の枕元へ
静かに腰を下ろした。

 まだ望美の熱は引かずに苦しげな表情だ。ふと、熱を帯びた頬に伸ばした指が、触れるか
触れないかの間際で止まる。

 ――触れてあなたを穢してはならないという事など、とうにわかっていたはずだった。

 けれど、荒い呼吸の中か細くどこか寂しげに敦盛を求める声に――無意識に右手を
頬に触れ合わせていた。

 空白の距離を埋めるように、熱を持った頬を撫でながらそっとささやく。

 「この穢れた身でも、望美の苦しみを引き受けるから。どうかこのまま、側にいさせてくれ」

 目の淵にたまった涙を指先で拭うと、望美がうっすらと目を開けた。

 「敦盛さん……お粥、出来たの?」

 「ああ。望美の口に合うかは知れないが作って来た。起き上がれるか?」

 敷いた布団に手を付いてゆっくりと起き上がろうとするも、糸が切れた人形のように
望美は仰向けにベッドへ倒れ伏した。

 「すまない。無理をさせてしまって」

 「いいの……大丈夫だから」

 それでも顔だけをこちらに向けて見つめて来る翠玉の瞳は、哀しげに揺れていた。

 敦盛は手に持った粥が入った器からスプーンで一口すくい取ると、かすかに開いた
口へ優しく流し入れた。

 親から餌をもらう雛鳥のように、望美が敦盛の手から粥を食べ続ける。時折敦盛は
粥を運ぶ手を止め、慰めるようにつややかな髪を空いた手で梳いた。

 ――言わなくてもいい。私がただ、この手をあなたに差し伸べたいんだ。

 かつて二人で傷付いた雛鳥を看た時と、少し似ているかもしれないけれど。

 やがて粥を食べ終えた望美が、しっとりと微笑んで言葉を紡いだ。

 「ありがとう。温かい味で、美味しかった」

 なおも言葉を続けようとした先は、咳き込んで言葉にはならなかった。けれど微笑んだ
ままの目元から、小さな雫が流れ落ちていた。

 何も言わずに、その清らかな涙を唇で吸い取る。

 「あ……」

 「薬師殿から頂いた、風邪の病の薬が残っているだろう。飲んで眠るといい。私は
ここにいるから」

 敦盛はテーブルから一包の粉薬と水が入った透明なグラスを手に取り、望美の
口に含ませる。

 こくんと喉を鳴らした望美が、穏やかに目を閉じて。グラスと薬をテーブルに戻した
敦盛の手に、自分のそれを無垢な仕草で重ねて来た。

 と、望美が何かを伝えるかのように手に指を這わせたのに気付き、意識を向ける。

 “大好き”

 ――確かに伝わった。お休み、望美。

 震える唇に、敦盛は優しく唇を重ねた。


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