「素直な君の為の処方せん」

 

 三十七度八分。自室のベッドで掛け布団にくるまった望美から受け取った体温計の
電子画面を見つめ、弁慶は眉をひそめた。

 ――この熱。それに昨日から望美さんの喉が痛んでいた。無理をしないよう念押し
しても、君は頑張りすぎる。

 「風邪の病ですね……望美さん、今日は一日安静にしていて下さい」

 「眠くないのに、寝なきゃいけないんですか」

 「当たり前です。反論はだめ、ですよ」

 熱を帯びた頬を拗ねたように膨らませる望美に、微笑みながら宣告人を思わせる
口調で言い放った。

 仰向けのまま、額を小突こうと望美が握り拳を伸ばして来る。ささやかな可愛らしい
抵抗を互いの両手を重ねる事で受け流して。とんと自分の額を押し当ててささやいた。

 「おや、一緒にいるのが僕では不満ですか? 君に合う薬の飲み方は、僕にしか
処方出来ないような気がしますけど」

 「不満になんか思ってません」

 「ふふ、わかってくれてるならいいんですよ」

 吐息が触れ合うほどの距離で、弁慶はにやりと笑んだ。

 

 胃の痛みを訴えていた望美の朝食を白湯で済ませた後。

 弁慶は居間の薬箱から持ち出した風邪薬を手に、望美の枕元へ腰を下ろす。

 二錠取り出し、水の入ったグラスと共に差し出すと、望美がしかめっ面のまま
咳き込んで言った。

 「苦いお薬は苦手だけど、仕方ないですよね」

 「良薬は口に苦しという事ですよ。もし君が少しでも苦さが和らぐような飲み方を
望むなら、それでも構わないけれど」

 甘さを含ませた口調で、穏やかな微笑みを返す。時が止まったかのような沈黙が続き――

 「苦くならない飲み方をお願いします」

 観念してうなだれた望美の反応が、幼くも可愛らしかった。

 ほっそりとした顎を指でくいと持ち上げ、つやのある柔らかな唇に空いた手から
薬を含ませて。グラスの水を少量、口移しの用量でそっと流し入れた。

 「……っ」

 刹那にして、望美の熱を帯びた頬がさらに紅く染まる。

 「甘くなりましたか」

 何も言わずに頷く望美の絹糸を思わせる髪を、愛しげに手で撫でた。

 「望美さんの好きな葛湯を煎じてきましたが、飲みますか? 悪い魔法使い手製の
品では、先程の薬には敵わないかもしれませんが」

 わざと意地悪っぽく含みを持たせて言うと、望美がむっと唇を尖らせた。

 「私は、弁慶さんが入れてくれた薬湯の方が好きです」

 熱の為ではなく紅くなった頬は変わらずに。

 弁慶は傍らのテーブルから葛湯が入った桜色のマグカップを手に取り、
柔らかな唇へと含ませた。

 こくんと喉を鳴らして葛湯を飲んだ望美が、しっとりと微笑んだまま目を閉じるのを
さえぎるようにして。

 「本当にいけない人ですね。あまり素直すぎると悪い魔法使いに不意を
つかれてしまいますよ」

 「あ、でもその時はまた甘くて優しい味の薬湯を作ってくれるんでしょ?」

 目を閉じたまま応える望美の頬に、自分の唇を触れ合わせてささやいた。

 「ええ、君の為だけの甘い薬を」


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