「忘れ得ぬ、懐かしき時」

 

 ――懐かしい。

 縁側に座り、経正はふっと口元を和らげた。傍らに寄り添う敦盛と望美を、温かな
眼差しで見つめながら。

 雪風の音は、穏やかな調べを奏でるかのように優しく吹いている。

 かつて平家一門でこうして正月を迎えた時には、自分と敦盛とで楽を奏で、
皆で宴を楽しんだ。

 兄弟二人で昔のように過ごす穏やかな時――怨霊として蘇ってからは、もう
戻らぬと思っていたけれど。

 幸せそうに雑煮を頬張る望美へ視線を向ける。

 ――あなたが我ら二人の怨霊の性を、優しい温もりで包んで下さったから、
今我らはこうしていられるのです。本当に感謝していますよ、望美殿。

 望美が浄化の力を振るわなくても、自分達兄弟にその手を差し伸べてくれたから。

 餅を頬張る望美の柔らかく温かい頬が、まるで餌をはむ兎のように愛らしくて、
つい指で触れてしまう。

 ふと弟に、苦笑めいた微笑みを返された。

 「兄上、お待ち下さい。触れられた拍子に望美が餅を喉に詰まらせてしまっては
大事になります」

 「お前は心配性だね、案ずる事はないよ。万が一の事があっても我らで
望美殿を介抱すればよいだろう?」

 その途端。敦盛の頬が一瞬にして熱を帯びて赤く染まった。

 「おや敦盛、何を想像しているのかな」

 「な、何でもありません」

 ――隠そうとしても、お前が愛する人を想っている事くらいこの兄にはわかるよ。

 雑煮を食べ終えた後、柚子茶を飲んだ望美は――敦盛の膝を枕にそのまま横になった。

 膝に頬をすり寄せて猫のように甘える望美を、敦盛が何も言わず両腕でそっと包んだ。

 つややかな髪を、慈しむように撫でていた経正はふと思う。

 ――ほんの少し、敦盛の幼い頃に似ている。

 優しい手付きで髪に指を滑らせて、ぽつりと口を開いた。

 「ところで望美殿、今年が卯の年なのはご存知ですか」

 「はい」

 「兎は淋しさに弱いと将臣殿から聞いていましたが……敦盛も幼い頃は淋しがりやで、
「兄上、兄上」とよく私の後を付いて回ったものです。それに敦盛は今のあなたのように、
私が膝枕をしてやると喜んでいました」

 すると耳まで赤くした敦盛が、空気を求める魚のようにうろたえながら口を開いた。

 「あ、兄上……何故今そのような事を……すでに私は元服した身。いつまでも
子供ではありません」

 「もしかして「今も」の間違いだったかな?」

 「兄上っ……!」

 わざと冗談めかして返すと、敦盛の狼狽した声が雪空にこだまする。

 この穏やかな時が、失われず続けばいい。経正はそっと、胸の内で祈った。


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