「月がこぼした涙」

 

 宵闇に姿を隠す、儚げで淡い月明かりがしんと静まった庭に射して来る。彩る白銀色の
星屑達の瞬きは、涙にも似た光。

 満開に咲いた、薄紅色の霞を思わせる桜の下で。さやかな月明かりに溶け込むように、
繊細な手付きで扇を流しながら望美が舞っていた。風に幾重にも踊る桜の花びらが
付き従い、甘やかな薫りの余韻を残す。

 天上の清浄なる舞を真っ直ぐに見つめながら、敦盛は澄んだ笛の音を重ね合わせていた。

 今宵は望美の誕生日を寿ぐ奏で。呼吸を音色に変えて奏でる度に、心の内が波立つ水面
のようにさざめく。

 ――望美が生まれて来てくれた幸福を伝えたい。溢れる愛しみで心が震えているからだろうか。

 なのになぜ、胸の奥に違和感を覚えた? 望美の舞があまりにも清らか過ぎて、月明かりへ
消えてしまうのではないだろうかと思ったなどと。

 まるで清廉な月の光で出来ているかのように。扇をはためかせ舞い続ける望美の折れそうに
華奢な身体が、透き通って消えそうな錯覚さえ感じる。

 ――私はずっとあなたの側にいるから……行くな、望美。

 ふと、翠玉の瞳がしっとりと雫を含んだように濡れ、白い頬を伝って輝く涙の雫が流れ落ちて
いる事に気付く。

 「私は、敦盛さんと出逢えてよかった」

 微笑みながら涙をこぼして、望美が告げた。その雫が地に跳ねた時。

 胸の奥で甘く疼く痛みを、敦盛は確かに感じていた。

 

 微風が、舞い散る桜の花びらと共に紡ぐ笛の音を、余韻を残してさらってゆく。

 敦盛は笛を懐にしまって、舞い終えた望美を抱き寄せていた。

 月明かりへ消えぬよう、細い身体を腕の中に優しく包み込む。望美が涙を隠すかのように、
胸に顔を押し当てて来た。

 「望美」

 額にそっと唇で触れてささやきかける。かぐわしい桜の残り香が、まだ薫っていた。

 「私も、望美とめぐり逢えて幸せだ。あなたという命の温もりを、側で感じていられるから。
誕生日おめでとう、望美」

 この世ならぬ己が、現世に生きる愛する人と触れ合える。我が身を繋ぐ想いは、けして
途切れたりはしない。

 「幸せ過ぎるくらいに嬉しい。敦盛さん、どうか離れないで」

 「ああ」

 望美の頬を両手で包んだ格好でゆっくりと持ち上げて、唇を重ねた。桜を思わせる甘い
微熱が、柔らかな唇から伝わって来る。

 「ん……」

 先程望美が流した清らかな涙の痕を辿るようにして、すべらかな頬に唇を這わせて
優しく語りかけた。かつて望美に怨霊として蘇った意味を教えてもらった時のように、
伝えたくて。

 「――敦盛、さん」

 「かけがえのないあなたという命を、これからも守らせてくれ」

 小さな小さな微笑みをたたえて頷いた望美の、濡れた唇に口付けを落とした。

 失わぬよう温もりを確かめ、呼吸を重ね合わせる。儚げな月明かりが、祝福するかの
ように優しく夜に咲いていた。


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