「可愛い仕返しと優しい本当」

 

 春の暖かな太陽の光を映し、紀ノ川は優しく穏やかに流れていた。

 そのほとりにある土手に腰掛けて、対岸に咲く桜の包みを眺める望美。傍らに寄り添う
ヒノエは、頬杖を突きながら愛しげな眼差しで、妻の花のようなかんばせを見つめていた。

 ――本宮の大祭ももうすぐだけど、こんなのんびりした時間も悪くない。熊野の神々を
奉じて舞ってくれるお前も、二人きりの穏やかな時間も、オレが全部さらっていくぜ。

 暖かな甘い微風に乗って、桜色の花弁が一片運ばれてくる。ふと望美がこちらを向いた
拍子に、透き通った白い頬に口付けを落とした。

 「あ……」

 「オレの奥方。今日が何の日か知ってるかい」

 わざとにやりと意地悪く言ったのは、確認する意味での問い掛けだったから。

 「わかってる。誕生日おめでとう、ヒノエくん」

 望美が頬を朱に染めたまま、耳元に唇で触れてささやき掛けてきた。鈴を鳴らしたような
声と共に伝わる吐息。先程落とした口付けの仕返しにしては、可愛い反応だ。

 唇を離して、望美が衣の合わせ目から緋色の首飾りを取り出した。小石程の大きさの
赤めのうに、黒い革紐が付いた意匠。燃える炎を想起させる緋が鮮やかだ。

 「幸せのお守り、もらってくれる?」

 「望美の気持ちは嬉しいけど。物よりお前の口付けの方がいいから受け取れない……
なんて嘘だよ。オレの奥方、サイコーな贈り物をありがとな」

 首飾りを身に着けると、望美がくすりと笑んだ。

 「嘘つき。でも大好きだよ」

 熱を帯びた柔らかな唇が、優しく頬に触れてきて。そっと耳打ちするように、白貝を
思わせる耳に唇を押し当てて応えた。

 「嘘つきなんて心外だな。望美を喜ばせる為の嘘でも、オレはちゃんと本当にするさ」

 春の陽だまりを思わせる、暖かな触れ方で唇を重ねた。

 ――オレの可愛い奥方には、笑顔の方が似合う。花の笑顔が咲き続けるなら、何度でも
本当の愛を捧げるよ。


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