「花、ほころぶ時」

 

 ――笑っていて欲しい。大切なあの日を失った痛みを、我が事のように背負ってしまえる
くらい、あなたは優し過ぎる程に優しいから。繊細な心が壊れぬよう、声を伝えられる距離に
いさせてくれ。

 

 まどろむような、春の暖かい陽射しの中。

 庵の庭で華やかに咲く桜を眺める望美に寄り添い、敦盛は静かに佇んでいた。

 薄紅色の桜はほころび、望美も翠玉の瞳を細めてふっと微笑む。一幅の絵巻物よりも
調和した姿に、鼓動が高鳴るのがわかった。

 「やはり、望美は笑っていてくれた方が美しい」

 「うん。笑顔は哀しみを癒すお薬ですね」

 「ああ」

 望美が甘えるように、肩に身を預けてくる。つややかな髪に顔を埋めると、かぐわしい
桜の芳香がした。

 ――私にとっては、清らか過ぎる程に効いた薬だ。

 「ふふ、くすぐったい。どうか、もう少しだけ――」

 望美が言い終える前に、そっと息を吸い込む。望美が振り向いた拍子に、敦盛は
自分の唇を重ね合わせていた。

 しっとりと微笑んだままの、柔らかな唇にこのまま触れていたくて。甘く優しく、幾度も
口付けを繰り返した。

 触れ合った温もりが、温かく愛しい。望美が重ねた手を、ぎゅっと握り返してきた。

 ――望美がくれた分以上の幸福と温もりを分け与えたいと、願ってしまうから。

 白磁を思わせる頬から耳にかけて唇を這わせると、望美がぴくりと身を震わせる。

 「ん……」

 「望美が私を救ってくれたように……この穢れた身でも側で微笑んでいられる事が、
あなたの支えになっているだろうか」

 望美は何も言わず、幼子のように無垢な笑みを返してきた。それは、何よりの
肯定だった。

 ――兄上。失くしたあの日が戻らなくても、愛する人と微笑みを分け合える
今が幸せです。

 

 風が、吹いた。

 桜色の花びらが淡雪が降る光景を想起させ、儚くも美しく降り積もる。

 『敦盛。涙色の雪が溶けても咲く花を、大切にしなさい。何を意味するのかは
わかっているね』

 穏やかな経正の声を、微風の中かすかに感じ取る事が出来た。

 謎かけのような言葉の意味は、わかっている。哀しみが溶けても咲く花――
それは側で愛してくれる、望美自身だったから。

 「経正さんが笑っててくれて、よかった」

 「そうだな。龍脈も現世も、等しく大切な人の声が届くのは幸いだ」

 きょとんと小首を傾げる望美の耳に唇を押し当て、ささやきかける。

 「望美の……清らかな声も同じだ」

 季節が巡り刻まれる時の中でも、それはきっと変わらない。


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