「七夕に願いを」



 二人の邂逅から季節も巡り、文月の七日。

 「屋根の上、ですか?」

 「涼むのにも丁度よいと思ったのだが。望美、もしよければ……ともに行こう」

 敦盛は耳まで真っ赤になりながら言うと、お茶を飲んだ。

 「はい、楽しみです。屋根の上」

 心が弾んだような風情の望美に、敦盛も微笑んだ。

 「あなたの期待に応えられるかしれないが……」

 二人で夕食を食べている時、望美が自分の世界に伝わる七夕の話をした。

 それで、どこか星を近くで見られるところはないか聞いていた。

 風を感じられる屋根の上は、敦盛が好きな場所。



 食器の片付けを済ませ、倉にあった木製のはしごを敦盛が持ち、二人は外に出た。

 昼間のような蒸し暑さはない。虫の鳴き声に交じって、時折涼しい風が吹き抜ける。

 敦盛ははしごを地面に置くと、一足飛びで屋根に上がった。下ろした髪と衣の袖が鮮やかに舞う。

 その鮮やかな身のこなしに呆気に取られていた望美に向かって呼び掛けた。

 「どうかしたのか?」

 「あ、敦盛さんすごいなって思っただけです。今行きますね」

 はしごを踏み台にして、屋根に手を付く望美。

 「よいしょっと……ふう、何とか上がれた」

 ゆっくりと膝を付いて腰掛けると、深く息を吐き出した。

 「望美、大丈夫か……?」

 「はい。わあ、敦盛さん見て下さい! すっごく綺麗ですよ」

 肩が触れるほど近くに寄り添い、二人は空を仰いだ。

 白銀、蒼、紅。夜を照らす天の川は、まるで星の雫を散りばめたように輝いている。

 「美しいな。あなたとここに来られて……よかった」

 「私も嬉しいです。ありがと、敦盛さん」

 しばらく二人は何も言わなかった。肩に寄りかかった望美の絹のようにつややかな髪を、
敦盛はそっと優しく撫でた。

 静寂の中、望美が小さく呟いた。その声には安堵したような響きがある。

 「織姫と彦星も逢えてますよね、きっと……」

 「ああ。たとえ離れようともめぐり逢えたのは私たちも同じ。だが、もう二度と
あなたと離れたくはない。それが私の本心だ」

 「敦盛さん……」

 私もです、と望美は言った。髪に触れる手の温もりを感じながら。



 夜空から、一粒の光がこぼれ落ちた。

 それを見つけた望美が歓声を上げる。

 「流れ星! 惜しい、間に合わなかった」

 「望美?」

 不思議そうに小首を傾げる敦盛。

 「私の世界では、流れ星に三回願い事したら願いが叶うって言われてるんです」

 「そうか……何かを望む事が出来るのは、とても幸せな事なのだな」

 揃いの鈴を買った時を思い出し、微笑んだ敦盛に望美は問い掛けた。

 「敦盛さんなら何をお願いしますか?」

 笑みを浮かべ“私はあなたがいるから幸せですよ”と付け加えて。

 「私は……」

 敦盛は一瞬言葉を探すかのように目を閉じたが、望美の白い頬を両手で包み願いを口にした。

 「ずっとあなたとともにいたい。この願いが星に届くのならば……私はもう、何もいらない。
許されるだろうか」

 望美は彼の想いを秘めた瞳を見つめ、頷いた。

 互いの髪が風に吹かれて空に舞う。

 星達が二人を見守るように瞬く中、ふわり――敦盛はそっと口付けた。

 色付いた桜のように頬を染めた望美は静かに瞳を閉じる。敦盛も――。

 それは永く確かな、二人の優しい時間。


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