「願いのゆくすえ」

 

 透き通った漆黒の夜空を流れる天の川。煌々とした星達が彩る流れ。

 チナミはゆきと背中を触れ合わせて、ベッドの上に座っていた。ゆきの部屋の
窓越しに、美しい天流を眺めながら。

 背中越しに感じる互いの微熱。それは抱き締めている時と同じように温かい。ゆきが
確かに、ここにいる証だ。

 「ゆき、お前は七夕に何を願ったんだ?」

 「うんとね、チナミくんとマコトさんが、いつまでも幸せでありますようにって」

 窓際にある鏡台の上に飾られた一本の小さな笹。そこに吊るされた揃いの短冊に
視線を向け、ゆきは頬をうっすらと赤く染めた。

 ふとゆきが顔をこちらに向けた拍子に、額を握り拳でとんと小突いてやる。

 「馬鹿。オレ達はお前に十分過ぎる程に救われたんだから、もっと欲張って自分の
為だけの願い事にしておけ」

 小さく微笑みを浮かべ、チナミは今朝見た夢を思い出していた。

 

 夢の中で、チナミはマコトと共に京の鴨川沿いにある馴染みの茶屋にいた。

 団子の美味さも、傍らで優しく微笑む兄の表情も同志達と共に決起した頃と
何一つ変わらなかった。

 「そういえばチナミ、お前はゆきさんといつ添い遂げるんだ?」

 何のてらいも無く発せられた兄の問いに、団子が胸につかえそうになったのは
言うまでもない。

 「あ、兄上……いきなり何を仰るのですか!」

 「おや、以前書庫で大勢の方々に公言していただろう。チナミが私の願いを誇りにして
伝えられたのは、やはりゆきさんだったな」

 してやったりと言った風なマコトを前に、チナミは耳まで真っ赤になっていた。

 ――「ゆきと添い遂げたいと思っている」と図書館で言ったあの時、兄上も
見守っておられたのか。

 そう思い至るのと同時、マコトはこの上なく穏やかな口調で言ってきた。

 「皆が笑い合える平和な世にしたい私の願いは、お前が果たしてくれた。
ここから先は、チナミだけの為の願いを貫き通しなさい。愛する人と、
いつまでも幸せでいられるように」

 

 「チナミくん、どうしたの?」

 握り拳をゆきの白い額に押し当てたまま、チナミは追憶をそっと胸に閉まった。

 「ああ、悪い。兄上に勇気付けて頂いた今朝の夢を思い出してたんだ。お前に
「自分の為だけの願い事にしておけ」と言っておきながら、オレもお前と変わらなかったらしい」

 温かい吐息が重なる距離でふっと苦笑すると、ゆきはきょとんと可愛らしく首を傾げた。

 ――馬鹿。変わらない同じ想いの意味は、難しい事ではないだろう。

 「オレも、大好きなゆきが幸せでいてくれたらいい。オレ達が共に生きる今この時で、
いつまでも。わざわざ言わせるな」

 鮮やかな朱に染まった顔を見られまいとするかのように。窓に映る天の川を見つめる。

 と、ゆきが身を委ねるかのように背中を預けてきた。背に増した重みすら、
今は心地良い。

 幾千のさやかな星々が流れる天流で逢瀬する彦星と織姫。日光の神橋でゆきと
互いの願いを伝え合った時と、不思議と重ねてしまう。

 ――兄上。オレ達の願いは、天に伝わっていますか。

 答えは返って来ないと知っている。それでも、自然に胸の内で問い掛けていた。

 

 『ああ、届いている。チナミ、どうかゆきさんと幸せに』

 小さく小さく、空気を震わせる柔らかな声。それは微風に乗り、そっと運ばれて行った。 


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