「共に祝いを」



 季史がそれを知ったのは、あかねが鏡の穢れを全て祓った後だった。

 二人は京の景色を望める小高い丘へと連れ立って出かけた。

 今日はあかねの誕生日だという。彼女の世界では生まれた日を祝い、贈り物をするのだと知った。

 「そなたの生誕は、私にとっても特別だ。おめでとう、あかね」

 かすかに口元をほころばせた季史に、花が咲いたような満面の笑みで応えるあかね。

 「ありがとうございます。季史さんが側にいてくれて祝ってもらえるだけで嬉しいです」

 季史は額に手をやり、切なげに微笑んだ。

 「そうか……私が人の身であった頃は一人で舞の稽古ばかりしていたから、誰かと生誕を
祝う事などなかった」

 あかねはその言葉でふと気づいた。自分は彼の誕生日を知らない。



 「なら一緒にお祝いしましょう。季史さんの誕生日も。お団子でも食べませんか?」

 あかねは懐から、和紙でくるまれた小さな包みを取り出した。

 中身は串に刺さった白い団子が三本。

 その一本を季史に差し出す。二人は座れそうな岩に並んで腰を下ろした。

 「美味いな。ありがとう、あかね」

 「いえいえ。ん、美味しい」

 あかねも団子を幸せそうに頬張る。

 残った一本を見て、二人は顔を見合わせた。

 「余ってしまったな。そなたが食べるといい」

 「私はいいですよ。季史さんどうぞ」

 「いや、私こそ。これはそなたが」

 埒の開かないやり取りが続く。それを破ったのは、あかねだった。



 「半分こしましょう、ね」

 あかねは串を抜くと、三個の団子を一つ半ずつに分けた。

 「はい、季史さん」

 掌に団子を受け取って食べる季史。不意に口を開いた。

 「そなたは本当に優しいな。封印の力を使わずとも、私の心を救ってくれる」

 照れくさそうに頭を掻いて、あかねは俯いた。

 「私はあなたに消えて欲しくありません。それだけです」

 あかねの頭をあやすように撫でながら、季史は静かに言った。

 「八葉でもない、この穢れた身では側にいられぬと思っていた。だがそなたは私を許してくれた。
神子として為すべき事が終わっても、私の側にいてくれぬか? ……そなたとならば、無明の闇も歩いて行ける」

 頷いたあかねに、季史は耳打ちするように囁いた。

 “あかねに逢えてよかった”と、ただ一言だけを。



 ややあって、季史がふと呟くように言った。

 「この穢れた身で舞う事は罪だと思っていたが、もしそなたが許してくれるなら私はもう一度舞えると
思う。……あかね、そなたの為に舞ってもよいか?」

 あかねは嬉しそうな顔で頷く。季史が立ち上がり、咲いていた花を手に取った。

 腕程の長さがある、紫色をした桔梗の花。

 その時、まるで季史が舞うのを待ちかねていたように――



 冷たい涙のような雨が、音もなく二人を包んだ。



 「また、雨か……」

 「季史さん、濡れちゃいますよ」

 「私は平気だ。そなたは木陰に入っていてくれ」

 季史は笑顔で促すと、真剣な顔に戻りあかねに向かって一礼した。

 彼の厳かに舞う動きに合わせ、手にした花がさやさやと揺れ、衣の袖が鮮やかに翻る。

 真っ直ぐな姿勢とまなざしで、愛でるかのように時折花を見る。

 視線の先には――あかねがいた。



 あかねは季史の姿を見つめながら、初めて逢った時を思い出していた。

 あの時は、憂いを帯びた瞳をしていた。今は雨に打たれながらも、誇らしげにさえ見える。

 季史の想いを表したかのような舞に、心が震えていた。



 舞い終わった事を示すように、季史が一礼する。

 雨も上がり、空には虹が架かっていた。

 季史の元へと駆け寄るあかね。

 「季史さん、最高でした!」

 まだ気持ちが高ぶっている様子のあかねの頬をすっと持ち上げ、季史は空いた手で髪に花を一輪挿した。
それは、先程舞った時に手にしていた花。

 「えっ……?」

 「そなたの生誕を祝う品になるかわからないが、受け取って欲しい」

 思わぬ言葉に頬を染め、あかねは花に手で触れる。

 「ありがとうございます。嬉しい……」

 自分の手を重ね、季史は想いを吐き出すかのように言った。

 「私の舞を心から誉めてくれたのはあかね、そなただけだ」

 あかねの肩をそっと引き寄せる。花を落としてしまわぬように。

 「虹よりも美しいそなたに、捧げる事が出来てよかった」

 「ん……」

 虹の下で、二人の心も重なる。雨の涙も、光に変わっていた。


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