「芋たばり――熊野詣にて――」

 

 十五夜の淡い月明かりが射す、御浜の里。

 望美と虎猫スズを伴い、浜に向かってのんびりと歩いていた敦盛の耳に子供達の
賑やかな声がすぐ近くで聞こえてきた。人数は四人程で、年の頃は自分が熊野に
いた時と同じ位だろうか。

 「たばらしてー!」

 「んー……敦盛さん、「たばる」って何ですか?」

 望美が頭に疑問符を浮かべた一瞬の間に、自分達の元に子供達が押し寄せていた。
スズが望美の提げていた籠から頭だけを出し、答えを示唆するかのように
高く鳴いてみせる。

 「望美、もし今食べ物を持っているなら彼らに分けてやってくれ。何であっても
構わない」

 「えっと……これでいいのかな。蜜柑しかないけど」

 望美がスカートのポケットから差し出したのは、御浜で一年中獲れるとされる蜜柑だ。

 「ああ……すまない」

 望美にしっとりと微笑み返し、自分は橙色の飴を彼らに渡してやる。蜜柑の
果肉を甘く煮詰めて作られたものだ。

 「わーい。お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとうなー!」

 「どういたしまして」

 望美が膝をかがめて、黒髪を二つに結わえて紺色の着物を着た少女の頭を
あやすように撫でる。

 「お姉ちゃんもたばらしてもらうとええに。ほな行くでな」

 歓声をあげて、家屋の建ち並ぶ方角へ走り去る子供達。一軒一軒の玄関に、
芋や団子が入った藤製の籠が据えられている。

 「紀の国の訛りが強い子らだったな」

 「そうですね。ところで敦盛さん、さっきも聞こうとしたけど「たばる」って?」

 「ああ……望美に話すのが遅れてすまなかった。十五夜の日は御浜の里で
「芋たばり」という祭が行われる。先刻のように子供達が家々を練り歩いて、
菓子などをもらうんだ」

 望美が合槌を打つようにして、ぽんと手を叩いてみせる。

 「なるほど、私の世界で言うハロウィンですね。ハロウィンは遠い国のお祭りだけど……
敦盛さんも熊野にいた時、似たようなのをやったんだ」 

 「里の皆からのみならず、スズの母親からも食べ物をもらった事があった。確か、
あの時は鯨の刺身だったな」

 スズは昔を懐かしむように、喉をごろごろと鳴らしてみせた。

 

 満月の清澄な光を映し、鏡のように透き通った海に美しい煌めきが幾重にも輝いていた。

 浜辺に望美と寄り添って座り、心地よい潮騒の奏でに身を委ねる。

 ふと、敦盛の肩にしなだれかかったまま望美は妙に子供っぽい眼差しで
こちらを見上げてきた。

 「敦盛さん、私達も芋たばりをしませんか。私もハロウィンが懐かしくなっちゃった」

 片目をつむったその仕草は幼く愛らしかった。閉じられた目の上に口付け、絹糸の
ような髪を撫ぜる。

 「そうだな。では、たばらせてはもらえないだろうか」

 意気込んでスカートのポケットを探っていた望美が、ふっと困ったように微笑んだ。

 「あ、さっきあの子達に蜜柑をあげちゃったから、もう食べ物は残ってないです……。
大方の荷物は宿に置いてきたし。ん、スズどうしたの?」

 スズが望美の衣の袖を、くいくいと肉球で引っ張っていた。

 これでも食わせてやれ――そう言わんばかりに、籠に置いてあった餌用の一口大の
 煮干が口にくわえられていて。

 「ありがとうね」

 スズの頭をぽんぽんと撫でてやった望美が、煮干を指で敦盛の口元へ運んできた。唇で
感じる、 花のように甘い指先。

 「望美。私は猫ではないからそんなに笑わないでくれ」

 苦笑気味に呟き、懐から先程の橙色の飴を取り出す。大半は御浜の子らに分けてやったが、
一つだけ残っていてよかった。

 餌を求める雛鳥のように、濡れた唇が指先に触れてくる。

 「欠けた想い出と思っていたけれど、満ち足りたような心地だ。あなたが側にいてくれるから」

 満月の光に照らされた白い頬に口付けて、愛しげにささやいた。


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