「Trick Or Sweet?」



 図書館の本棚の間に置かれた脚立に座り、敦盛は読んでいた本から顔を上げた。
短く切り揃えた薄紫色の髪がかすかに揺れる。

 ――異国の、祭か。

 開いたページには、仮装した子供たちが菓子を片手に、楽しげな様子の写真が載せられている。

 自分が幼い頃、平家一門の皆と共に祭に出掛けた時も、こんな風に菓子をもらったのを思い出す。

 懐かしそうに写真を見つめる敦盛。後ろのテーブルで推理小説を読みふけっているヒノエに声を掛けた。

 「そういえば、ヒノエは『ハロウィン』に参加するのか?」

 今日がその日である事を、望美から聞いていた。ハロウィンについて調べに行った図書館で、先に
来ていたヒノエや弁慶とばったり会ったというわけだ。

 顔だけを敦盛の方へ向けたまま、ヒノエは答えた。

 「まあね。姫君の魔女姿を見るのも、楽しみの一つかな」

 「おやおや、君一人だけ抜け駆けするつもりですか?」

 彼の言葉に、ヒノエと向かい合う形で本を読んでいた弁慶が口を挟んだ。

 柔和な表情の中に、悪戯っぽく瞳を輝かせて。

 「見慣れない大きな包みがあると思っていましたが……あれはやはり、今日の為でしたか」

 「あんただって、こそこそと何か作ってただろ。何を望美に食わせるつもりだい」

 両者の間に火花が飛び散る。それを察した敦盛がおずおずと二人を制した。

 「二人とも、落ち着いてくれ。そもそも、図書館では静かに……」

 一時休戦といった風情で、ヒノエと弁慶は本へと向き直った。



 心の中で安堵する。ふと一つの事に気付き、敦盛は不安そうに目を伏せた。

 「だが、菓子をねだって……望美に迷惑だと思われないだろうか」

 「あのな、それじゃハロウィンの意味ないだろ?」

 眉を寄せ、ヒノエが突っ込みを口にした。

 「大丈夫ですよ。望美さんもちゃんとわかっています」

 「そうならば、よいのだが」

 ぽん、と敦盛の肩にヒノエの両手が置かれた。驚いたように、彼は目を丸くする。

 「いいか、『トリック、オア、トリート』……って、目をそらすなよ」

 言いにくそうに口ごもる敦盛。

 「いや……こういう時、君は確実に何かを企んでいる」

 「人聞きが悪いねえ。でも、よくわかってるじゃん」

 言うと、器用に片目をつむって見せた。

 「『トリック、オア、トリート』、姫君の笑顔も頂くのは、男次第だろ」

 「そういうものなのか……?」

 ヒノエの自信に満ちた物言いに、敦盛は呆然とした。



 三人が図書館から有川家へ戻り、夜の帳が下りた頃。

 街灯が辺りを照らす路地に敦盛、ヒノエ、弁慶の姿があった。

 “三人で行けば、互いに文句はつけられないだろう”

 図書館で敦盛が出した結論を朱雀二人は了承した。

 そして、吸血鬼に扮した三人は望美の家の前へとやって来た。

 首に真紅のリボンタイがついた白い長袖シャツに、黒のズボン。襟を立てた漆黒の外套を羽織っている。

 玄関脇にあるチャイムのボタンを弁慶が押すと、呼び出し音が小さく響いた。

 しばらく待つものの、望美が出て来る様子はない。

 三人が改めて出直そうとしたその時、勢いよく玄関のドアが開き――



 鳳仙花が弾けたような音が、辺りに響きわたった。

 「トリック、オア、トリート!」

 一瞬の沈黙。



 声の主――望美はクラッカーを片手に持ち、きょろきょろと三人を見た。

 おとぎ話の魔女が着るような膝丈程の黒いローブに、鍔が広く先が尖った帽子。

 「あれ、皆どうしたの?」

 ヒノエが軽く口笛を鳴らす。

 「やられたねえ」

 「ふふ、君の方が一枚上手でしたね」

 おかしそうにヒノエと弁慶は笑った。首を傾げる望美。

 「姫君の魅惑のまじないに掛かってたって事さ。なあ、敦盛」

 ヒノエの言葉そのままに、敦盛は頬を染めていた。指で背中をつつかれても気付かなかった程に。

 「あ、ああ……。望美、よく似合っている」

 花が咲いたような笑顔で、彼女は応えた。



 「望美、その微笑みをオレにも向けてくれないと、菓子はあげないよ」

 「もう、意地悪」

 頬を膨らます望美の仕草を、ヒノエは楽しそうに見つめる。

 「冗談だよ。窓に置いた贈り物は、もう見てくれた?」

 視線を宙にさまよわせ、思い出したように望美は小さく手を打った。

 「あの大きな熊のぬいぐるみ、ヒノエ君だったんだ。もらっちゃっていいのかな」

 「当然だろ。物足りないなら、何をお望みかな」

 鋭い視線を、弁慶がヒノエに向けた。

 「ヒノエ、ハロウィンの意味を勘違いしてませんか?」

 その言葉は、さながら棘を含んだように。

 「言われなくてもわかってるさ。姫君、この貢ぎ物を受け取ってくれるかい」

 芝居がかった仕草で、ヒノエが外套のポケットに手を入れる。一拍遅れて弁慶も、懐から
黄緑色のリボンが巻かれた小さな袋を取り出した。

 「君の口に合うかわからないけど、『クッキー』という物を作ってみました。よかったら
食べてみて下さい」

 同時に出された二つの袋を、望美は嬉しそうに受け取った。

 「二人とも、ありがとう」

 花の笑顔が見られただけで十分だ。ヒノエと弁慶は顔を見合わせた。

 「あ、あの……」

 話に加わる機会を待っていた敦盛が、ためらいがちに口を開いた。

 「望美、すまない。このような物でもよいだろうか」

 差し出されたのは、ガラス製の小瓶に詰められた丸いキャンディー。ピンクや緑と言った
様々な色が鮮やかに映る。

 「わあ、綺麗ですね」

 耳を真っ赤にして照れながら、かすかな声で敦盛はささやいた。

 「す、すまない。望美……トリック、オア、トリート」

 「はい。皆上がって」



 キッチンで望美がお茶を用意している時の事。

 「なあ、敦盛」

 リビングのソファーに座るヒノエが、望美から渡された菓子をじっと見ながら問い掛けた。

 机の上には、星型の籠に入ったチョコレートとスイートポテトの詰め合わせが三つ。同じ
数のメッセージカードが添えられている。

 「お前の方が多い気がするんだけど、気のせい?」

 それは、本当に小さな差だったが。

 「君も隅に置けませんね」

 弁慶がにやりと楽しげに笑う。あわてたように敦盛は言った。

 「そ、それは……気にしても詮無い事だと思う」

 それに、と一言つけ加えてから。

 「大切なのは、量ではないだろう」

 「ま、確かにな」

 「望美さんの気持ちだけで、嬉しいんですから」

 ヒノエと弁慶はカードをそっと懐にしまう。

 それに書かれた望美の言葉を、優しげな目で敦盛は見つめた。

 あなたが望むなら、私は――



 “いつも支えてくれて、本当にありがとう。これからもよろしくね”


 Back  Next  Home

inserted by FC2 system