「生まれて来てくれてありがとうって」

 

 清麗な星光が降り注ぐ屋根の上。

 さやかな月明かりに照らされて、仰向けに寝そべる望美の艶のある唇が微かに動いた。

 「あのね、敦盛さん……」

 吐息をこぼしながら翠玉の瞳をとろけるように微睡ませる仕草が、あまりに幼げで可愛らしく――
敦盛はつい微笑ってしまう。

 「望美。私に何か伝えようとしてくれるのは嬉しいのだが、そろそろ部屋で休もう」

 頬を撫ぜると、望美はりすのように小さく頬を膨らませた。

 「だーめ。今日は敦盛さんの誕生日なんだからしばらく起きてます。もう少しこのままでいて下さいね」

 「ああ、すまなかった。どうか先程の続きを聞かせてくれ」

 「うん。敦盛さんが生まれて来てくれたのも、怨霊として蘇って今も私の側にいてくれるのも――どっちも
同じくらい私には大切でありがとうって、そう言いたかったの」

 天上の鈴を鳴らしたような声が、胸の奥深くで響いている。

 父や兄以外で望美が初めてだった。死反った事を、まるで生き人が己がこの世に受けたのを喜ぶように
想ってくれたのは。

 溢れ出た涙が頬を伝い流れ落ち――仰向けに寝そべったままの望美の白い頬を濡らす。

 「泣かないで……だって本当の気持ちには嘘なんか付きようがないんだもん」

 ――わかっている。妻となった今でもあなたはいつだって、曇りない真っ直ぐな想いを届けて
くれるのだから。

 望美がゆっくりと起き上がり、透き通った美しき救いの御手を伸ばしてくる。涙を拭う指先の
感触が、たまらなく優しかった。

 敦盛は応えるようにその指に自分の指を絡め、そっと手を重ね合わせた。

 「ありがとう、望美。以前倶利伽羅であなたに言った事を覚えているだろうか。私は、怨霊として
蘇ってよかったと、今も思っている。父上と兄上にも同じ言葉を伝えたならば、どこかで聞いていて
下さるだろうか」

 頷いて返して来た望美の微笑みは清らかな月明かりに照らされ、天女よりも美しく澄んでいた。

 しっとりと濡れたように光る桜色の唇に、敦盛は自分の唇を重ねる。

 

 ――父上、兄上。愛する人に救われた今、私は黄泉の国から現世に引き戻して頂いて
よかったと、そう思っております。

 

 その瞬間。小さく歌うように吹き抜けた微風は、確かに敦盛の胸の内に在る言葉を聞いていた。

 

 やがて、永遠にも似た口付けの後――敦盛は壊れ物を扱うように望美の細い身体を屋根の上に
寝かせる。自身も添い寝する格好で寄り添った。

 「父上と兄上が彼岸や龍脈から私達を見ておられて……望美とスズが家族でいてくれる
のだから、私は幸福だ」

 「うん。私は敦盛さんと結婚して、家族になってよかった」

 屋根の上で腹を仰向けにした体勢で伸びをしていた虎猫のスズが、同意するように鳴く。それに
応じるようにして、敦盛は望美の柔らかな腕の中に包まれていた。

 潤った真水を想わせる匂いと沈香の落ち着いた互いの薫りが混ざり合い、心地よい。

 「ああ。あなたを愛しているから、私はここにいる今を寿げる」

 抱き締め返すこの身をかき抱く温もりは、幼かった頃感じた懐かしさにも似て――どこまでも愛しかった。

 


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