「涙色の祈り」

 

 天井を雄大に流れる、蒼く鏡のように透き通った天の川。

 紫水晶に似た輝きを放つ星屑の大河に、小さな雫がこぼれ落ちた。浮かび上がった波紋の中へ、
その涙の煌めきは同化するように融けてゆく。

 「望美。許されるなら今一度、あなたに逢いたい」

 雫を含んで潤んだ双眸を、敦盛は静かに持ち上げる。陰暦で定められた文月の七日が過ぎて
しまったら――愛する人と再びめぐり逢うのに、季節が一つめぐるのを待たねばならないと、痛い程に
知っていたから。 心の深い深い所が、きしむような音を立てていた。

 ――私は、この穢れた身が背負う咎で望美を独りにさせたくはない。

 それでもただ希うだけのこの身が、ひどく苦しかった。

 

 「世界に独りなのは寂しくて苦しいから、我がままだって知ってても祈りたい。
敦盛さんに、逢えますように」

 

 澄んだ声が聴こえる先へ、右の掌を差し伸べる。淡雪が降る光景を想起させ、透明な温かい雫が
掌に舞い落ちた。

 ――忘れはしない。この感触は、望美の温もりと同じだ。

 「あなたは今、泣いているのだな……」

 敦盛が密やかに呟いたその時。瑠璃色の空に、天を突くような甲高い獣のいななきが木霊した。

 それと同時、天の川上流から飛来する、数多の白鷺の群れ。紅い蝶を思わせる一対の羽根を生やし、
茶色と白が入り混じった毛をした猫に引き連れられている。

 彼らは一斉に天の川へ羽根を降ろすと、横一列に橋のように並んだ。

 「スズ、すまない」

 敦盛は白鷺の群れを率いる猫――スズが滞空している上空へ視線を向ける。かつて望美と二人で
暮らしていた時から、スズには助けられてばかりだ。

 「僕の“さーびす”だからさっさと行け。望美をこれ以上寂しがらせては、夫の甲斐性を
疑われるぞ?」

 「そうだな」

 わざとおどけて言うスズに、思わず苦笑がこぼれてしまう。合図するように羽音を響かせる
白鷺に促され、敦盛は白鷺の橋を一心に駆けた。

 

 「敦盛さん……来てくれて、ありがとう」

 対岸まで渡りきると、望美が泣き疲れた幼子に似た表情からふっと微笑ったのが
目に飛び込んできた。

 「ああ。独りにさせて、すまなかった。私が穢れた存在であるがゆえにあなたから引き離されて
しまった事実は、望美を苦しめてばかりいるな」

 優しく腕の中に包み込むと、望美は胸に顔を埋めてささやいた。

 「ううん。確かに苦しかったけど、それでも敦盛さんに逢いたいって祈っていられた間は、
幸せだった」

 「そう、か……」

 愛しみで、胸の奥が針を刺されたように痛い。望美をかき抱く腕が、微かに震えていた。

 「望美の声が届いた事、別たれても私達が互いの存在を感じられたのは幸せだ。だが私は、
たとえ今日が終わっても望美と離れたくないと願ってしまう。またあなたを置いていって
苦しめたなら、私自身もその罪に耐えられない」

 望美の父である天帝から言い渡された定めはけして覆らないと知っている。それでも、
離れたくない意志を伝える事でしか、望美にあがなう術を思いつかなかった。

 ――すまない、望美。

 まだ乾いた涙の感触が残る頬に両手を添え口付けると、望美が小さく身を震わせる。

 「あのね、敦盛さん」

 翠玉の双眸を潤ませて、こちらの瞳を覗き込んでくる望美。つややかな髪を梳りながら、
黙って続きを促す。

 「お父さんが言ってたの。「そなたらは我らの元に届いた下界の民の願いに対し、
季節が一つめぐる間祈り続けられるか。それが叶えば、そなたらが再び共に在る事を
許そう。我は穢れた身であったとしても、やはりそなたが愛した者の本質を見極めねば
なるまい」って。 出来るなら、力を貸してくれないかな」

 「ああ」

 ふっと、望美がどこか困ったように儚げに微笑んだ。

 「ありがとう。明日から、下界の人達の為に一緒に頑張るけど……今夜だけは私達
二人だけの幸せを願っても、我がままじゃないよね?」

 言の葉を紡ぐ代わりに、唇を重ねて答える。

 唇から伝わる微熱に触れながら、目の淵から小さな雫が流れ落ちるのを感じていた。

 それは、愛する人の側にいられる道を示された喜びゆえなのだろうか。

 ――わからない。だが今だけは、この幸せが続くよう祈りたい。


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