「風に融けし、希いと契り」

 

 「敦盛さん、一緒に帰りましょう」

 星の一族に宝玉を返しに行った帰り道――鮮やかな紅葉が舞い落ちる中、望美が
差し伸べてきた優しい手。

 たとえもう「八葉」という存在でなくなったとしても、愛するひとを傷付けたくなかった。
離れたくなかった。

 この想いが愛執と言う名の罪だとしても――受け止めてくれた望美の手の温もりを、
忘れる事は出来ない。

 

 冷たい秋の風が、縁側に座る敦盛の頬を撫でて通り過ぎてゆく。

 蘇芳色の紅葉が幾重にも散華のように風に流れる姿は、嵐山で想いを伝えた
あの日の記憶を呼び起こす。胸の奥が、ちくりと痛んだ。

 と、傍らに座る望美の手が、結い髪をほどいた肩に触れてくる。

 「はい。紅葉、取れました」

 「すまない」

 眩い黄金色の夕陽に照らされた望美の微笑みは、限りなく美しく澄んでいた。白く
透き通った優しい手を、包むように握り返す。

 その瞬間風に吹かれて空へ舞い上がった紅葉を、静かに見送って。

 ――この穢れた身のゆくすえは、もう迷う事はないのだろう。

 以前、望美と二人で手当てした後怨霊に転じてしまった傷付いた雛鳥のように。

 浄化され、現世から飛び立ったならまた離れてしまうから――離れたくないと、そう願ってしまう。

 「私は……この風のように不確かなモノには、もうなり得ないのだろう。現世に
留まりたいと願えば願う程、望美への愛しさに気付くのだから」

 「うん。十分過ぎるくらいに分かってる。ずっと、側にいたい」

 いとおしむように髪を、背中を撫ぜる指先は温かかった。

 「嵐山で、望美を愛していると告げた想いが私を現世に留める全てでも……
どこかであなたを私に縛り付けているのかもしれない。それでも、この穢れた身を
受け止めてくれてありがとう」

 桜色の唇に引き寄せられるようにして唇を重ねると、望美は朱に染まった頬を
隠すかのようにして胸に顔を埋めてきた。

 しっとりと濡れた唇が、首に繋がれた鎖に触れる。

 「うん。でもね、私は敦盛さんに縛られたなんてちっとも思ってないよ。鳥は、自分の
望む場所に留まって、自分の望む空へ飛ぶものでしょ? 私も同じ気持ち」

 清らかな腕に、柔らかく抱かれる。浄化の力を振るわなくても、変わらぬ救いの手。
深く、 深く抱き締め返した。

 「ん……これからも、敦盛さんと一緒に生きていきたい」

 生きる事、本当の命。自分はすでに失ってしまったと知っている。

 ――希ったとて、生き人と同じものは手に入らないと分かっていた。それでも、
欲しいと願ってしまうのだ。

 「ああ。私も、望美と生きたい」

 それを口にする事は許されぬと何よりも知っていても――掠れた声で言葉にした時、
涙が目の淵を伝って流れ落ちていた。吹き抜ける風が、透明な雫をさらってゆく。

 そっと微熱を帯びた唇が、涙の痕を辿るようにして頬に触れてきた。

 「ありがとう、ちゃんと気持ちを伝えてくれて。愛してる、ずっと」

 澄んだ声が、敦盛の耳に心地よく沁みてゆく。言の葉に応える代わりに望美の
手を握り締め、唇を重ねていた。

 ――望美。私はそう願うからこそ、あなたを傷付けさせたくない。私からも、誰からも。

 絡み合う熱を感じながらただ祈った時。敦盛の胸に忍ばせた揃いの小さな土鈴が、
優しい音色を立て風音に融けるようにして響き渡った。


 Back  Next  Home

inserted by FC2 system