「St.valentine wish」

 

 「どうか、皆が幸せでありますように」

 二月十四日。天上の鈴よりも澄んだ声が、夜の鎌倉に響き渡った。

 

 春日家の自室でベッドに腰掛けて、静かに祈る望美。

 望美がふっと目を開けたと同時、傍らに座る敦盛はそっとつややかな髪を梳る。

 「あ……」

 「望美の優しい想いは、きっと時空を越えて白龍に届いている気がする。出来るならば、
私も共に祈らせてはもらえないだろうか。すでにただの怨霊となった私の祈りが伝わるかは
しれない。それでも――」

 言葉を区切り、望美の温かな両手を握り締めた。

 「あなたとならば祈りが届くと、そう思ってしまうんだ。どうか、力を貸してくれ」

 指を絡めると、望美は頬を染めはにかんだ。

 「うん。でも少しだけ私のわがままに付き合ってもらってもいいかな」

 不意に悪戯っぽく微笑む望美。続きを促すように、小さく首肯した。

 「神子でなくなっても、強く願う事でまだ何かが出来るなら……。前の神子が龍脈の
力を具現化して物を生み出したみたいにして、何かを敦盛さんにあげられるって
思ったんだ」

 「私に?」

 望美が握った手に力を込め、照れくさそうに微笑う。胸の奥の鼓動が、優しい音を
立てて高鳴った。

 「うん。今日はバレンタインデーって言って、恋人に贈り物をする日だから、ちょっとだけ
格好つけたくなったの。でも結果的に敦盛さんを巻き込んじゃってるな」

 困ったようなその笑顔が、どこか苦しくて。無意識のうちに、敦盛は唇を重ねていた。

 ――望美。たとえ祈らなくてもあなたの気持ちは伝わっている。迷惑などとは思わないから、
どうか安心してくれ。

 柔らかく温かな唇に触れ、胸の内で呟く。

 ややあって唇を離すと、望美は翠玉の瞳を潤ませ、こちらを見つめてきた。

 「ありがとう」

 互いに重なったままの手に力を込め、目を閉じる。

 八葉でなくなった自分にも、周囲に清らかな気が満ちるのがはっきりと感じられた。
怨霊の自分に傷を与えない、春の陽射しのような温かな力。

 ――ああ。共に幸せを紡ぐ為の祈りが許されているのか。私は、本当に幸福だ。

 ややあって、龍脈の力が形を変え花吹雪のように二人を包む。

 光が収まった後敦盛の手に残ったのは――濃紫色と桜色が花弁に半分ずつ入り混じった、
美しい一本の桜の枝だった。

 「何とかなりましたね。どうか、そのまま持ってて」

 「ありがとう。この桜も、私達と共に生き続けるのだろう。大切にする」

 微笑んで、甘い桜の残り香を宿す髪に、唇に、そっと口付けを落とした。


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