「あなたへ捧げられたもの」



 雪が庭に舞い落ちるのを格子戸越しに見やり、敦盛はゆっくりと褥から身を起こした。

 隣の褥で眠る望美の、赤子を思わせる無垢な横顔をいとおしげに見つめる。
優しく頬を撫でると、望美がくすぐったそうに微笑った。

 ふと敦盛の脳裏をよぎったのは――穢れの渦に入った時、心の奥底でずっと願っていたことだった。

 ――あなたを守りたいと、ただそれだけを。

 願いが叶った今、他に望む事なんてなかったはずなのに。なのになぜまだ、消えたくないと希ってしまうのだろう。

 宝玉を星の一族へ返した後、望美へ告げた想いは、今なお胸の奥で息づいている。

 「あなたを愛していると言ったのはこの私なのに、もはや今更問うても詮無い事だな」

 絹糸を思わせる、望美の髪をそっと撫でる。その拍子に、首に提げた蘇芳色をした守り袋に入った、
望美と揃いの小さな土鈴が、優しい音を立てた。

 敦盛の胸の奥に、じわりと熱が宿る。発作の苦しみとは違う、温かなものだった。

 望美は、この穢れた身が自ら壊してしまった以上の温もりをくれた。自分は望美へ何を返してやれるだろう。

 望美の髪を撫で続ける敦盛の手が、かすかに震えていた。怨霊の血を欲する衝動に
飲み込まれぬよう、意識を繋ぎ止める。

 今もなお、心地良さそうに寝息を立てる望美の唇へ、ゆっくり顔を近づける。温もりを帯びた吐息が、触れ合った。  

 「浅き夢見じ、酔いもせず」

 夢のような時間が、覚めて欲しくない。覚めてしまえば、自分は世界に融けゆくだけなのだから。

 敦盛の唇が、望美の朱唇へ一瞬重なる。閉じたままの望美の瞳から、小さな雫がこぼれるのを見やり、
敦盛は唇を遠ざけた。

 直後、望美が薄く目を開ける。すべらかな白い望美の手が、敦盛の頬に触れた。

 「温かい……ねえ敦盛さん。これは夢の続き?」

 敦盛は微笑んで、首を横に振った。

 「大丈夫だ、これは現。私はまだ、あなたの側にいるだろう」

 身を起こし、幼子のようにすがり付いて来る望美を敦盛は優しく受け止める。
弾みで鳴る、望美の懐の小さな土鈴。

 胸へかき抱く望美の体温と鼓動。血の衝動よりも熱いものが、敦盛の身体を駆け巡って行った。

 「望美。嵐山で、愛していると誓った言葉に偽りはない。だが、私はあなたへ何を返してやれているのか
まだわからない。一度望美を傷つけておきながら、浅ましい言葉かもしれないな」

 胸へ頬をすり寄せる望美を抱く腕に、かすかに力を込める。

 敦盛の視界にわずかに映るのは、未だ振り続ける雪だった。

 「いつか、世界に融けゆく日が来たとしても、私は――」

 言い終わる前に、望美に唇を塞がれた。かすかに唇から伝わる、しっとりとした感触。

 ふと、望美が唇を離し、敦盛の胸に顔を埋め囁いた。

 「馬鹿。見返りなんか、求めなくてもいいのに」


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