「願わくば、あの日の願いを今一度」


 陽だまりが窓から差し込む、春日家一階のリビングにて。

 リズヴァーンが、革製のソファに深く座り、瞑目し午睡をしていた。

 ふと、背後からの気配。まどろんでいたリズヴァーンの意識が覚醒する。

 「先生。だーれだ?」

 温もりが宿る、白い小さな手に視界を塞がれた。

 「問答は無用だ、望美。私に近づくのなら、気配をもっと殺しなさい」

 望美がリズヴァーンの隣に座り、悪戯っぽく笑う。

 「もう、先生の馬鹿。戦い終わったし必要ないのに」

 無論、リズヴァーンとて百も承知だった。

 望美を助けられず自分の腕の中で、幾度も死なせる運命を見てきている。
こうやって当たりまえにおどけた問答が出来るのが、どれほど愛おしいか。

 「うむ。それで望美、私に何か言いたいのなら言ってみなさい」

 「今日先生の誕生日だし、何が欲しいのかなって」

 微笑み、頬を桜のように染める望美。

 「物など私には不要だ。先の戦いで私を越え、側にいるお前が、息災で幸せであれば」

 リズヴァーンは、そっと望美を抱き締める。

 身を委ねる望美の穏やかな鼓動に、かすかに匂う甘い薫り。そして、生きていると
感じる確かな熱。ずっと見たかったものであり、狂おしいほど欲しいものだったから。

 「ただ、強いて私が望むものがあるとするならば」

 「私に出来る事なら頑張ります。言って下さい、先生」

 望美が胸に顔を押し当て、視線だけで見上げてくる。

 「やはり答えられない」

 「今更言わないで下さいってば」

 つい口ごもってしまう。それは、あまりにも幼過ぎる望みだった。

 「察しなさい。幼い頃お前に命を助けられ、望美を助けたいと願うあまり、
過去の時空に流れた私だけが年を重ね過ぎてしまった事に」

 リズヴァーンは強く望美を抱き締め、望美の顔を胸に埋めさせる。
ずっと師として振舞ってきたから、照れた顔を見られたくなかった。

 「今更“お姉ちゃん”と言いたい、などと言う願いは、こそばゆいな」

 望美が胸の中で心底可笑しそうに笑う。ふと、望美の手に頭を撫でられた。

 「えらいえらいよく言えたね、なーんてね。でも、嬉しいです」

 ああ、やっと言えた。リズヴァーンの顔は火が出るように熱かったが、
胸の内に押し殺していたものが吹っ切れたように、すがすがしい心持ちだった。

 リズヴァーンは望美の頬に唇で触れ、自身の熱を分け与える。

 「もう、すでに私はお前に越えられている。だから、これでよい」


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