「天上恋歌」

 

 昔々、ある古城に、一人の吸血鬼が住んでおりました。

 色とりどりの薔薇が庭に咲く石造りの古城。吸血鬼の名は敦盛と言いました。

 満月の夜の事。薔薇の咲いた庭に敦盛は一人佇み、胸を押さえて月を見上げていました。

 「あの、魂を導く御使い――望美は、まだ来ないか」

 自らの血の渇きで自我を失い、人を傷付けた事がある記憶が消えないからこそ。
ずっと望美に、魂を救われるのに焦がれていました。

 胸がかすかに痛むのを、敦盛は感じていました。

 月明かりが祝福するように瞬き、月からこぼれた光が、金色の光を放ち柱を形作ります。

 柱の中に、翼が生えた女性の姿。輝きが収まった時には、
桜色のドレスをまとった御使い――望美の姿が側にありました。

 望美は優しく微笑んで、赤紫色をした小振りな花が連なった、イキシアの花束を手渡しました。
「誇り高い」という花言葉を持つ花です。

 「敦盛さんの生まれた日に、どうしても渡したくて」

 “生まれた日”など、穢れたこの身にはすでに遠いものと思っていたけれど。敦盛の
心臓が、とくんと跳ねるのが分かりました。

 「穢れたこの身には美し過ぎる。あなたも、その花も」

 望美が、哀しげに首を横に振って応えました。

 「そんな事、言わないで」

 鈴を鳴らしたような声が響き、ふわりと望美に抱き締められていました。

 「駄目だ。私に触れるな、望美」

 望美は何も言わず首を横に振り、白い一対の翼で敦盛を包みました。

 天衣のような柔らかな翼に、敦盛は心を委ねていました。

 御使いに抱かれるこの時が続いて欲しいと願う。罪深いと知りながら、
想いは拒んだとて止められない、と。

 逢瀬の後敦盛が自室に戻ると、虎猫のスズが出迎えるように一声鳴きました。

 スズの喉を優しく撫でた敦盛が、ふとバルコニーを見やると、一枚の白い羽根が落ちていました。
誰が来たのか、敦盛にはもう分かっていました。

 先刻望美がくれたイキシアの花束を机上の白い陶器で出来た花瓶に生けると、
敦盛はバルコニーへ向かいました。スズも静かに、後を追い掛けます。

 白い羽根を拾い上げ口付けた敦盛が頭上の夜空を仰ぐと、柔らかく微笑んだ望美の姿。

 望美はバルコニーへ降り立ち、迎え入れるように両手を差し伸べる敦盛を抱き締めます。

 敦盛は望美を、優しく抱き締め返しました。

 「許されるなら、離したくない。御使いのあなたに魂導かれるその時まで、ずっと」

 望美の白い首筋が、月明かりに照らされました。敦盛はゆっくりと顔を近付け、口付けを落としました。
血を望むより、望美の温もりが欲しかったから。

 望美が頬を染めて、ささやきました。

 「私、わがままなんです。御使いとしての私なら、あなたを今すぐにでも輪廻に導かなければならない。
でも、私自身は――」

 と、望美の唇が、敦盛の耳に触れました。

 「私も、側にいたいです」


 Back  Next  Home

inserted by FC2 system