「鎮魂聖夜」



 十二月二十五日。アークスシップ市街地の外れに位置する墓地にて。

 整備された道に積もった雪を踏みしめながら進む、長身の女性の影が星明りに照らされる。

 喪服を思わせる膝下程のドレスを纏った六花だった。右手に二輪の白い薔薇を携え、
腰には愛用している刀――ヤミガラスを提げている。

 やがて、六花は墓地の奥に位置する開けた場所で足を止めた。

 広さとしては、アークスシップの艦橋程だろう。

 時の流れからも忘れ去られたかのように静かな場所に置かれた墓石は、たった二つ。

 白い二つの墓石に、オラクル文字で刻まれていた名は左が「ミナト」、右が「桜歌」。

 墓石の周囲に、白や淡いピンク色の小さく可憐な花が咲き乱れている。

 六花が幼い頃、両親である母桜歌と父ミナトはダーカーの襲撃に見舞われた
研究プラントで侵食を受け―― 左半身が異形へ変じ、自害した。

 だが、完全に命を絶つことは出来なかったのだ。ダーカー因子を消滅させる唯一の手段である
フォトンなき状態では。

 両親の終わりなき苦痛を解き放ったのは――幼かった六花が無意識に暴発させた、己のフォトンだった。

 両親の墓石へ踏み出そうとする身体が強張っているのを六花は感じていた。
己が罪の意識がそうさせているのはとうに気付いている。母桜歌と父ミナトが最期に微笑っていたのが、
心と身体に万の傷跡となって痛みを焼きつけているのだから。

 六花は左手の薬指にはめた勿忘草色の指輪を見つめた。

 精巧な意匠で左右に雪の結晶の模様が彫られ、アメジストが中心に飾られている。

 昨日義弟の蘇芳がくれた、かけがえのないものだった。

 蘇芳も、実妹の星花もここにはいない。六花自身が一人で行くと決めたのだから。

 ふと、蘇芳が指輪をはめてくれた時の指輪へ誓いの刻印のように落とした口付けが脳裏をよぎる。

 ――蘇芳。今しばらく、勇気をくれるか?

 ぎこちなく両親の墓前へ歩みを進め、携えていた二輪の白い薔薇を一輪ずつ手向ける。

六花は手を合わせ、静かに目を閉じた。

 「父上、母上。この身は永劫に許されぬと分かっているからこそ、許しを乞う事は致しません。
私に出来る事は、同じ痛みの輪廻を止める為、足掻き続けるだけ」

 六花は目を開け、すっと立ち上がる。左手の薬指にはめられた指輪を、祈るような仕草で
指に押し当てた。

 この身と心は、どれだけ罪の痛みに焼かれても構わないと思っている。それでも蘇芳が側にいてくれる事が、
いとおしさで魂が震える程に幸せだった。そっと指輪に口付けを落とし、深呼吸する。

 静かに口ずさんだ歌は、優しく沁み入る子守唄のような旋律。幼い頃母から教わった歌だった。

 歌に共鳴するかのように。白い墓石から桜色をしたフォトンの儚げな光が、蛍火のように顕現した。
それと同時に、夜空から花吹雪を思わせる雪が舞い落ち、光と織り重なる。
天上からの福音を思わせる、幻想的な光景だった。

 墓石の回りに漂っていたフォトンの光が、六花に寄り添うかのように動き出した。

 六花は歌を続け、両手を差し伸べて光を迎え入れる。

 両手に集まった光を胸に押し頂くと、六花の双眸から涙が一筋こぼれ落ちた。

 ――父上、母上。許されぬ我が身の側に、居て下さったのですか?

 胸の内で問うた六花へ、返事をする者はいない。胸に抱いた光が融けて消え、
六花の視界が涙でにじんだ。

 顔を上げた六花の視界の先に、こちらへ向かってくる上空を飛翔する影が一つ。
ブレイバーの常で夜目が利くとはいっても、芥子粒程の大きさでは判別出来ない。

 六花は歌を止め、腰に提げた刀――ヤミガラスを抜き意識を集中させる。

 ――アースガイドの斥候が来たか。父上と母上の墓を穢される前に、斬る。

 腰溜めの構えから、地を蹴って雪降る夜空へ跳躍。神速の一薙ぎが、影に肉迫する。

 「ちょっと待って姉様、暴力反対!」

 「星花義姉の言う通りだよ。お願いだから刀を閉まって、六花義姉さん」

 六花が幾度となく聞いた、幼さを残す少女の声と、柔らかい響きをした少年の声。

 影の主は、義弟の蘇芳と蘇芳に横抱きにされた、実妹の星花だった。

 六花はヤミガラスを納刀し、両親の墓石の前へ音なく着地。星花を横抱きにした蘇芳も
六花の隣へ降り立ち、背の翼を畳む。

 

 雪の上に降り立った星花が、胸に手を当て目をしばたたかせる。

 「はー、死ぬかと思った」

 「でも走るより空から六花義姉さんのフォトンを辿った方が早かったでしょ、星花義姉」

 星花が脱力したように肩を落とし、溜息をついた。

 「まあ、寿命縮むかと思ったけど。姉様見つかったから結果オーライだし、
許してあげる。 姉様、変な誤解しないでよ?」

 六花に近付き、こつんと右拳を六花の額へ軽く当てる星花。

 「二人共、どうしてここに」

 星花と蘇芳には、すぐに出撃する任務がないならマイルームで留守番するよう
言い付けていたはずなのに。自分は心配要らないから、と。

 星花が頬をリスのように膨らませ応える。

 「だって、心配だったんだもん。留守番はアイリスにお願いしたから」

 星花が目に涙をにじませ、肩を震わせる。

 「父様と母様が侵食されちゃって……あたしも蘇芳君も、無力な自分が悔しかった。
自分で全部背負っちゃう姉様を守る事と、側にいる事が、あたし達に出来る全部だった」

 星花の瞳から、涙がとめどなく流れ落ちる。嗚咽混じりの声で、星花が続けた。

 「まだ分からない? 姉様が自分を罪人だって思ってても、笑ってて欲しい人だって
目の前にいるじゃない。いい加減に気付きなさいよ、馬鹿姉様」

 蘇芳が星花の頭を優しくぽんぽんと叩くと、六花へゆっくりと歩み寄った。

 「もう、先に星花義姉に全部言われちゃった。六花義姉さん。どうか、笑って」

 蘇芳の唇が、六花の頬に残った涙に触れる。六花の心臓が、音を立てて跳ねた。

 六花は面映そうに微笑い、星花と蘇芳の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

 「すまなかったな、二人共」

 「ん、分かってくれたならもう何も言わない。さあ、父様と母様のお弔いの続きでしょ」

 星花が涙を手の甲で拭い、懐から銀箔で流水模様があしらわれた、漆黒の
舞扇を取り出して優雅な動きで開く。周囲を漂う儚げな桜色をしたフォトンの光に照らされる
星花の横顔は、凛々しさに満ちていた。

 「あたしだって、鎮魂の舞くらい舞えるんだから。姉様も蘇芳君も、行くわよ」

 星花が蘇芳と六花に目配せする。蘇芳は頷き、六花の肩へそっと手を触れた。

 「大丈夫。僕達の想いは、きっと義父さんと義母さんに届くから」

 六花は蘇芳が肩に触れた手に、自分の手を重ねる。

 独りで歌っていた時から、自分に寄り添うように漂っていた、儚げな桜色のフォトンの光。

 今は、六花、星花、蘇芳の周囲で見守るかのように輝いていた。

 ――蘇芳の言う通り、父上と母上に伝わるのなら。

 「分かった。私が歌うから二人は合わせてくれ。即興ですまないが、よろしく頼む」

 星花が開いた舞扇を水平に構え、六花にウインクで応じた。蘇芳が無言で首肯し、
背負った皮製のバイオリンケースからバイオリンを取り出した。

 六花は息を大きく吸い、先程までの歌の続きを歌う。
融ける淡雪のような儚さを持ちながら、聴く者の心に灯火を思わせる温もりを宿す歌。
かすかに微笑んだ六花の艶やかな唇からこぼれる旋律は、いとおしさに満ちていた。

 蘇芳が六花に合わせて奏でたバイオリンの音色は、密やかなアリアのように
雪降る夜空に沁み渡って行った。 蘇芳に合わせ、星花が厳かな動きで舞った。

 ――父上、母上。どうか今は、我らを見ていて下さいますか。

 両親の墓石を見つめ、六花は祈った。


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