「見守りしもの――アイリス――」



 十二月二十五日。六花のマイルームの台所にて。

 広さとしては、フランカ’Sカフェの四分の一ほどだろう。

 古式めいた洋館を思わせる台所の、煉瓦で出来た調理台の前に立ち、夕餉を準備
していたアイリスが、ちらりと壁に掛かった柱時計を見やる。

 午後十時三十分。二十六日に日付が変わるまでにはまだ時間がある。

 黒檀を削って作られた長テーブルには、クリスマス用のオードブルと六花と星花の
好物であるホールのショコラケーキ。自分を含め四人分の夕餉は、全てアイリスの手作りだ。

 採れ立ての凍土青リンゴや、遺跡ブドウを絞って作った、蘇芳が好む炭酸ジュースの用意も
出来ている。グラスも四人分。

 だが、共に食卓を囲むべき六花、星花、蘇芳の姿はここにはない。

 調理台の上で、深鍋に入ったコーンスープを弱火で煮立てながら、アイリスは
右手で苦しそうに胸を押さえた。

 メイド兼看護医療用キャストとして作られた自分の思考ルーチンに、若干の処理遅れ。

 星花が蘇芳を連れて外出した際に言われた言葉がきっかけだった。

 “姉様にはあたしと蘇芳君がついてるから、アイリスはここで待ってて。
帰ったら皆でクリスマスパーティよ”

 柱時計が時を刻む音が響く。アイリスは、ゆっくり息を吐き出した。

 「結局、待つしか答えは演算出来ませんね。辛いものです」

 キャストであるアイリスの人格形成には、六花、星花、蘇芳を育てた桜歌の
思考パターンが下地にされている。アークスシップ管理官シエラの人格が、総司令ウルクを
参考に作られたのと同じように。

 だがアイリスの場合は、表向きの理由は幼かった六花、星花、蘇芳の世話。
しかし本来の目的は、旧体制のアークス上層部から極秘裏に命じられた彼らの監視だった。
もし六花達が反逆する素振りを見せたなら、迷わず殺すことも含めて。

 「けれど私の思考システムは、その命令を忠実に実行しきれず処理エラーを起こした。
母性とよばれる感情故であるのなら、致し方ありません。私だって、あの方達の側に
いたかったのだから」

 芽生えた、アイリス自身ですら愛しいと思える感情。それが致命的な思考回路の欠陥で
あるとみなされ、旧マザーシップでルーサーに廃棄処分にされかけたこともあった。
それを救ったのは、六花達とマトイだった。

 アイリスは煮立てていたコーンスープの調理台の火を止め、深鍋に蓋をする。

 たとえ桜歌自身が蘇ったわけではなくても――
アイリスはこの身が朽ちるまでずっと六花、星花、蘇芳の側に仕えていたい。

 アーデムがマザーの力を取り込んだ今、アースガイドとの戦いも遠からぬ内に
始まるだろう。自分は六花、星花、蘇芳に何をしてやれるのか、未だ最適解は演算出来ない。

 「それでも、子供達を見守るのも母の責務なのでしょう? 桜歌博士」

 静まりかえった台所で独り佇む、アイリスの問いに答えるものはいない。
それでも、言葉を紡がずにはいられなかった。


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