「三月十四日――小さな攻防戦――」


 三月十四日の、昼下がりの事。

 自室で蘇芳が、机に突っ伏したまま寝息を立てていた。

 隣に立つ六花が、そっと毛布を蘇芳の肩に掛けてやる。

 ――春先といえど、こんな所で寝たら風邪をひくからな。

  六花は机の上へ何気なく目をやった。浮遊大陸の白色粘土を焼いて固めた、
銀細工に似たペンダント。桜の花を模したペンダントにはアメジストが飾られている。

 六花の義弟にあたる蘇芳が、手先が器用なのは自分とて知っている。

 ――今日は想い人に返礼をする日と聞いたが……まさか、な。

 頬が急に熱くなるのを六花は感じていた。先月チョコを蘇芳に渡した覚えはあるが、
見返りを露骨に期待するなど、武人としてあるまじき事。

 このまま寝かせておこう。六花が蘇芳の髪を撫で、くるりと背を向けた時だった。

 蘇芳が身じろぎし、きょとんと六花を見つめている。

 「義姉さん、見ちゃったんだ。僕の机」

 「その……悪気はなかったのだ。すまない」

 バツが悪そうに目をそらす六花。蘇芳が苦笑しながら、優しく抱き締めてきた。

 「隠し事下手なんだから。義姉さんの馬鹿」

 「馬鹿と言う方が、この場合馬鹿――」

 気恥ずかしくなって紡いだ言葉の続きは、蘇芳の唇に塞がれていた。

 穏やかな熱を宿す、一瞬の口付け。

 蘇芳が唇を離し、ペンダントを六花の首に掛けた。

 「ふふ、僕の勝ち」

 「ずるいぞ、蘇芳」

 まだ心臓が早鐘を打っている。六花はそっと、自分の唇に指先で触れた。

 微笑んでいた蘇芳が、ふと寂しげに瞳を揺らす。背中に掛かる重みを六花が感じた時には、
蘇芳に後ろから抱き締められていた。

 「僕達ここ最近、任務と鍛錬で忙しかったでしょ。こうやって義姉さんの
温もりを感じられるのは、本当に久しぶり」

 髪に顔を埋める蘇芳に、六花は無言で首肯する。うなじの辺りがこそばゆい。それでも、
蘇芳になら背も心も委ねてもかまわなかったから。

 六花の心臓の辺りに、触れる蘇芳の手。濡れた唇が、六花の耳元で言葉を紡いだ。

 「僕は、ずっと側にいるよ」

 「ああ……」

 首筋に重なる蘇芳の唇。心地よさそうに、六花は目を閉じた。


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